己の魂を越えてゆけ｜リアクション

己の魂を越えてゆけ

【秋宮叶は動じない】

「おや、まあ。イヤー凄いねー。猫を見かけて見詰め合ったら、毛が一本抜けて、そこから俺そっくりの奴が生えてきたよ」

「本当に凄い。自分を客観視するというレベルを超えてるね」
　目の前のドッペルと対面してうそぶく。
　秋宮叶はマイペースだ。
　口では驚いても、実態はさほど驚いてないことが殆んどという図太さ。
　天性の性格と祖父の教えは偉大である。
　今回の場合でも実はそれほど慌てていない。
「この場合、スワンプマン（沼男）って呼べるのかな？」
「俺はドッペルゲンガーだ。沼男とかダサい名前で呼ばないでくれ」
「あ、そこは気にするんだ……へぇ」
　しげしげとドッペルを眺める秋宮。
　そんなドッペルは言う。
「君の信念……確か『「敵」に。「悪」に。「害」に。あらゆる物事に揺らがない人間でありたい』だっけ。それを否定して、俺が本物に成り代わってみせる」
「そっか。ドッペルゲンガーと会うと死ぬってそういう事。でも生憎、此処でケンカするのもなんだし、ちょっと人気のない所行こうか」
「……は？」
　これにはドッペル叶、呆気にとられてしまう。
「流石俺。冷静すぎる……」
　ドッペルの言葉に、秋宮は首を傾げる。
「いやぁ、こんな日があってもおかしくないはずだし」
　秋宮の『図太さ』は、もはやメンタルの強さだけでは説明できないほどの異常な強度を誇っていた。

　九夜山登山道の途中。
　２人は互いに相対する。
「ハイ、じゃあこの辺かな。文句は無いでしょ？」
　秋宮は靴紐を結ぶフリをして、手近な雑草を引き抜く。
　それを強く拳の中に握り込んだ。
「妙な評判が立つのは勘弁して欲しいし。さ！」
　振り下ろす左手には、いつの間にか金属バットが握られていた。
　対してドッペル叶の右手には円盾が備わっていた。
「考えることは一緒……。やっぱりスワンプマンだ」
「だから俺はドッペルだ！」
　ドッペルも金属バットを左手の雑草から生成し、秋宮を攻撃し始めた。
　この力は、ろっこん『粉物屋の自在道具－フレキシブル・ツール－』の効果だ。
　握り潰した植物を媒介に、イメージした単純構造の金属塊として召喚することができるのだ。
　互いに盾とバットで殴り合いを行うが、全部の攻撃を楯で防ぎながら牽制攻撃を入れてくる。
「埒が明かないわこりゃ」
　秋宮もドッペル叶も息が上がるほどの戦闘を続けても、全く勝敗が付かない。
「スワンプマンってのはこうも面倒な代物だったのか……。同じ考えと行動してくるなんて……」
　このとき、秋宮は自分の発言を反芻する。
（待てよ？　俺と同じ、なら……そうだ）
　秋宮は苦笑いしながらドッペルに語り掛ける。
「ねえ。君ってば、俺を倒して『俺』に成り代わろうとしてるみたいだけどさ、なんで？」
　ドッペルは答える。
「異常だからだ。その図太さはフツウじゃない……！」
　秋宮は興味なさげに話を続ける。
「じゃあさ、自分がドッペルゲンガーだって『負い目』を持ったまま、『俺』で在り続けられるとでも思ってるのかな？　それってつまりフツウじゃないよね？」
　ドッペル叶は一瞬、動揺で目を見開いた。
　動揺が、警戒を忘れさせ、隙を生み出す。
「大人しく消えて貰おうか偽物ォ！」
　横薙ぎに振り抜いたバットが、ドッペル叶の頭部を強かに打ち付けた！
　するとガラス細工のように頭部は砕け散り、身体も積み木が崩れるようにバラバラになって消滅していった。
　秋宮は勝利した余韻に浸りながら呟く。
「俺と一緒なら、『俺自身が言われて驚く言葉』を掛けてやればいいだけ。うん、うまくいった」
　というか俺は異常じゃないし、と確認するように口にした秋宮だった。

＜秋宮叶：『フツウ』の図太さ＞