己の魂を越えてゆけ｜リアクション

己の魂を越えてゆけ

【如何なる時も浪漫を求めよ】

　新井すばるは自分のドッペルゲンガーを見た瞬間、こんな考えが過ぎった。
（ボクが２人？　苦労が半分になって色々便利かも？　でも楽しいことも半分になりそうだ。ちょっと嫌いになりそう）
　彼の信念は『ボクが新井すばる』だ。
　つまり、常に自分らしく。新井すばるであるがため、最善を尽くす。
　それを否定しようとする奴は、同じ姿といえども『自分』ではない。
　新井は目の前の自分と戦う決意を固めた。
「ドッペルゲンガー？　本当にいたんだね」
「雌雄を決しよう」
「まぁ、待ちなよドッペル。決闘については異論はない。浪漫があるからね。でも、ここでやるのは浪漫が足りない。わかるだろ君なら？」
　新井はドッペルすばるにウインクした。
「ライヘンバッハとまではいかないが、裏山を少し上がればいい滝があるんだよ」
　ドッペルすばるの眉が上がる。
　その反応に、新井は満足げに微笑む。
「わかったようだね。噂どおり記憶なんかも同じらしいね。じゃとりあえず滝までは休戦……いや、頭脳戦でもいい。少し質問に付き合ってよ」
　決戦場所へ行く前、２人の問答がしばらく続く。

「へぇ、そこまで一緒か。それじゃ、このギター。いいかい？　普通のギターを左ききポジ、つまり逆さで弾けるかい？　難しいよ」
「ボクはすばるだよ。当然できるさ」
　ドッペルすばるの言う通り、難なく彼は逆さギターを演奏してみせた。
「あ、弾けるんだ……。ふむ、練習がかなり必要な技も同レベルとなると、バリツやボビナムなどの技能習得も同等。力づくでというのも無理か……」
　新井は質問でドッペルの性能を見極めようとしていた。
　今のところ、打つ手なしだが。
「ちくわは、もってるね、当然か。ボクだものね。冷凍ビームも出せると……」
　ますます勝ち目がない。負けもしないが、勝敗が付きそうにない。
　そこで新井は、踏み込んだ質問をぶつけた。
「メンタル面はどうかな？　君、彼女いないよね？　いい雰囲気になったコだっていたろうに。全部くだらない先回りや、やさしさとやらで台無しにしてしまって……」
　思い起こされる苦い思い出。
　新井は必死に耐えていた。自分で言ったので自業自得、因果応報なのだが。
　しかし、ドッペルの方も大打撃を被っていた。
「やめて、それは反則……！」
「お、これはきいたみたいだな。しかし、これはいささかまずい手だ……」
　自爆とは、まさにこのこと。
　しばらく、２人は無言で山道を登っていった……。

　決戦の場、滝の上に到着した２人。
「落ちたら即死とまではいかなくても近いことにはなるんじゃないかな？」
　新井はうそぶく。
　当たり所が悪ければ無事でいられる保証はないだろう。
「さぁ、どう出てくるかな？」
　新井はバリツの構え。
　ドッペルすばるも同様にバリツを構えた。
　バリツは、かの有名な探偵小説の主人公が愛用する格闘技である。
　モデルは柔道だという説があるが、詳細は不明だ。
（既に戦いは始まっている……）
　新井は脳内にフローチャートを置いた。
　こうくればガード。
　入ってくれば蹴り。
　２手目で脇が開く。
　その時こちらも頭がガラ空きになる。
　駄目だ、相打ち。
　手前で変化しても４歩目でリードされ、お互いの蹴りで相打ち。
　８手目をわざと食らったところを相手の足をとれば２人で滝壷へ真っ逆さま。
　一か八かで相手を落とす軌道で攻めるか？
　でも奴だって落ちたくない筈だから、その一瞬の隙を狙おう。
　そこをバリツで仕留められれば御の字だ。
　新井は確信した。
　うん、運頼みだな、と。
　新井は待った。相手が動き出すのをひたすら待った。
　そして痺れを切らしたドッペルすばるが、バリツの投げで仕留めようとしてきた。
　新井は先程のフローチャートの立ち位置を逆さまにして実行する。
　こうすることで、不利な手順が一気に有効手段へと変わる！
「探偵は頭脳で勝負しなくちゃ」
　足を取られ、そのまま滝へ落ちる両者。
　だが、咄嗟に新井はちくわを指にはめて冷凍ビームを照射！
　岩から氷柱を作り出して、彼はそこにしがみついたのだ！
　ドッペルすばるも同様のことを考えていたようだが、先に落ちたのは彼。
　ならば着水もドッペルの方が早い！
「チェスや将棋は一手遅れるだけで敗北を喫するんだ。どうやら、君は一手遅かったようだね？」
　ビームが間に合わず、滝壺に叩き付けられたドッペルは、二度と水面に浮上してこなかった。

＜新井すばる：いつだって、自分らしくスマートに＞

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