悠久の時の彼方へ～決戦！桶狭間｜リアクション

悠久の時の彼方へ～決戦！桶狭間

其の四

　その頃、今川義元本陣の桶狭間山近くの山中で、不穏な影が動いていた。
「妙に艶やかな鎧姿で森の中に飛ばされたと思ったら、そういうことだったのかい」
　築地から事情を聴いた桜崎巴は、不敵な笑みを浮かべる。
「要するに、今川義元を討ち取れば、歴史は変わらず、元の世界に戻れるってわけだね」
　そばにいる日暮ねむるも、非常事態にもかかわらず楽しそうだ。いつも眠そうな普段の姿からは思いもよらないが、強者との戦いが大好きなバトルマニアなのだ。
「天下取りの手伝いが出来るとは光栄じゃないか。手助けしてやるとも、第六天魔王」
　巴の言葉に、ねむるが問いかける。
「俸禄はどれだけ要求する気だい、巴さん？」
「『信長の天下』そのものさ。安いもんだろ？だが、その辺の相談は後回しだな」
「奇遇だね。僕も似たようなことを考えてた」
　二人は、同時に宣言する。
「織田軍本隊より、一足先に行かせてもらうよ」

「さて、あたしは義元公に謁見を願い出て来よう。ねむる、邪魔にならないなら好きに動いてくれ」
「ああ、僕にも僕なりに考えがある。これを使うんだ」
　ねむるは持っていたフィールドスコープを巴に見せる。九夜山でバードウォッチングをしていた最中にタイムスリップしたため、ちょうど持っていたのだ。
「巴さんを目視できる範囲の距離からついていくつもりさ。迷惑はかけない」
「ほほう、まあ好きにしてくれればいいさ」
　
　巴は、本体とは別の道を通って敵陣に近づいていく。罠のことなど気にも留めない。
　一度、鳴子の音を鳴らし、敵方の間者を呼び寄せてしまったが……
　相手が巴に攻撃を加えるより、ねむるが弓矢を放つ反応の方が早かった。崩れ落ちる今川方の間者。
「この遺体、僕が使ってもいいでしょ、巴さん？」
「勝手にしな」
　甲冑や服を剥ぎ取り、今川軍の間者に化ける。変装は完璧だ。

　それから間もなく、今川軍の本陣にて。
「殿、申し上げます。先ほど、奇妙な者が殿に謁見を求めております」
「はて、面妖じゃの。その者は何と名乗っておる」
「なんでも『木曾方の巴』と……」
　今川義元は怪訝な顔をした。源平合戦の時代に活躍した武将・木曾義仲の妻で、女だてらに武名をはせた巴御前の名を借りているというのか？
「興味がわいた。通せ」

　桜崎巴は、今川義元の御前に進み出る。
「そなた、『木曾方の巴』と申したな。巴御前とはいかなる関わりがある」
「―――私めは、巴御前その人でございます」
　巴は、歴史上有名な巴御前の霊に扮したのだった。
「馬鹿な」
　義元は鼻で笑う。
「鎧が当世風の上、そなたの容貌は若すぎるではないか」
「それが女心ってもんさ」
「そんな卑しい言葉づかいをするとも、聞いたことがないがのう」
「物語と史実を一緒にするんじゃないよ」
「わしをからかいに来ただけなら、斬るぞ」
　気色ばむ義元に対し、巴は不気味に笑った。
「出陣前、あの方が夢枕に立ったんだろ？」
「―――！なぜお主は知っている？」
「玄広恵探（げんこう・えたん）殿に従いな。出陣をやめろって言ったんだろ？」
　玄広恵探―――若き日の今川義元と、家督を争って敗れ、命を落とした義元の異母兄だ。
　義元が少なからず動揺するのを見て取り、巴は畳み掛ける。
「あたしは、もう一度それを伝えに来たんだ。正直に言おう……あんたは死ぬ。あの世にいる定恵院（じょうけいいん）殿を悲しますのかい？」
　定恵院とは、若くして亡くなった義元の妻のことだ。
「むろん、義元公ともあろうお方がこんなことで退くとは思わないが、気には留めておいてほしいね」
「貴様―――」
「要件は、それだけだ」
　唇をわなわなと震わせる義元を残し、巴は本陣を去った。

「お、巴さん、早速やってるねえ。……いいぞ、もっとやれ」
　今川軍の本陣付近の樹上で、兵の配置や潜入できるポイント、そして義元の居場所を偵察しているのは、日暮ねむるだ。
「さて、調べられることはあらかた調べたし、戦闘が始まるまで一眠りするか」