悠久の時の彼方へ～決戦！桶狭間｜リアクション

悠久の時の彼方へ～決戦！桶狭間

　少し時間をさかのぼって、単独行動をしていた朝野未沙の動きを追ってみよう。
　未沙のろっこんは制御が難しい。発動すれば間違いなく混乱を起こせるが、味方を巻き込んだり、味方に攻撃される危険が伴うため、一人本隊より先行したのだった。
「それに、手柄を独り占めできるし！」
　そちらの理由の方が大きいかもしれない。
「ああ、ご褒美のことを考えると今から興奮しちゃうなあ……戦・国・美・少・女！」
　未沙のテンションがＭＡＸになったちょうどその時、一瞬だけ豪雨が降った。
　未沙のろっこん発動条件は、「興奮しているときに水分が付着する事」。ずぶぬれになった未沙の両手は、たちまちのうちにヌルヌルでウネウネの触手と化した。
「これで敵をかく乱できるぞー！ん、そういえば忍者と言えば『くノ一』よね！どこかにいないかな……。よし、探しに行こう！」
　本来の目的を忘れつつある未沙は敵を探し始める。そして、間もなく、鳴子を仕掛けようとしている忍者を発見する。未沙にとっては幸運なことに―――そして、敵にとっては実に不運なことに、その忍者はくノ一だった。
「敵みーっけ！」
「イヤああああ！」
　くノ一の手足に絡みつく未沙の触手。
「なにこれ、ヌルヌルで掴めない！」
「はっ、よく見たらかわいい！命は助けてあげるわ」
「ほっ、良かった……」
「でもその代わり、いっぱいお触りさせてね！胸とか太ももとか！」
「だめええ！むしろ殺された方がましだった……」
　不運なくノ一の悲鳴がこだまする。未沙はいつしか、「戦功をあげて褒美をもらう」という本来の目的を忘れていった……

　今川軍の本陣のそばに到着したメアリ・ラングストンは、甲冑を脱ぎ捨て、ゴスロリ衣装のままずかずかと近づいて行った。
「おぬし、何やつ！」
　槍を構える衛兵に、メアリは胸を張って答える。
「やあやあ、妾こそはメアリ衛門！南蛮の菓子職人をしておる！こたびは、今川殿の上洛に際し、南蛮のスイーツを献上したく参ったのじゃ！」
「すい……いつ？」
「甘い菓子じゃ。大名といえど、あまり食えぬであろう」
「ふむ……。殿はさっき、変な客人に会って機嫌を損ねておる。お主の菓子で、気を紛らしてもらおうか」

　めでたくお目通りかなったメアリを前に、仏頂面をした義元は問いかける。先ほど、小娘一人に動揺させられたことは、彼の誇りを少なからず傷つけていた。
「こうしてわざわざ参るとは、それ相応の腕前があるのであろうな？」
「それはもちろん！こちらは『デパ地下のショートケーキ』でございます」
「ふむ、どれどれ……おお、これは美味じゃ！よほど高貴な者でもこんなものは食えまい」
　義元の機嫌は徐々に直っていく。
「妾自慢の金型で作られる、丸い形をした菓子もあるのじゃ。殿の前で実演するから、ぜひ食してもらいたいのう」
　メアリは、義元の目の前で手際よく今川焼を作ってみせる。生地の中は粒あんだ。
「美味い！これほどに美味なる菓子をわしは食うたことがない！でかしたぞ」
「小豆あんのほかにも、白あん、かすたあどがあるが、次はどれが良いかの？」
「すべて賞味したい！」
　義元はすっかり上機嫌だ。
（ふっふっふ。今川焼を食べさせることで今川軍の足止めをし、織田軍の奇襲を助けるのが目的なのじゃ。案外今川焼をのどに詰まらせてくれるかもしれんしのう。徳川家康も鯛の天ぷらで死んどることだし）
　メアリの黒い思惑は、義元には知る由もない。
「この菓子、気に入ったぞ。よし、この菓子に名を与えるから、大いに売り込みに使うがいい。名付けて『今川焼』じゃ！」
「ははーっ。ありがたき幸せでござりまする！」
　微妙に歴史を作り上げてしまった事を、二人は知らない。