悠久の時の彼方へ～決戦！桶狭間｜リアクション

悠久の時の彼方へ～決戦！桶狭間

其の参

「……。ここは、一体どこなんだぜ？」
　我に帰った大和無銘の目に飛び込んできたのは、戦国時代風の甲冑をつけた兵卒たちが進軍しているところだった。
「あれは憲兵？ ……いや、軍隊に近しいのぜ？」
　無銘はふらり、と危なっかしい足取りで歩き出す。
「南南東から『声』がきこえるのぜ……」
　彼は時折、誰にも聞こえない「声」を聞く。これもそのたぐいだ。
「助けを求めてる……のぜ？」
「声」の正体は本人にもはっきりとはわからない。無銘は、あたりをキョロキョロ見渡し、続いて犬のように鼻をスンスンと鳴らした。怪しい気配は感じない。
　無銘は、ひとまず適当な木陰に鎧を脱ぎ捨てた。
　兵卒たちの中からは、「イマガワ」だの「オダ」だのといった名前が聞こえてくる。
「……どうやら、俺の記憶には関係なさそうだぜ」
　無銘は過去の記憶を失っている。記憶に強烈にこびりつく「翡翠の瞳をした黒猫」だけが手がかりだが、今回は関係ないようだ。だが、無銘はあたりの様子を見て首をかしげる。
「でも、なぜか懐かしいような気もするのぜ？」

　その時だった。無銘の頬に、冷たいものがかかるのが分かった。まもなく、大粒の雨が降り出す。
「雨……。でも、前進は続くみたいだぜ」
　視界を遮るほどの大雨だったが、なぜか2，3分で止み、からりと晴れ上がった。
「止んだぜ……俺は嬉しいけど、なんだか周りは困ってるようだぜ？」
　兵卒たちの会話から、天候が良くなったおかげで罠にかかりやすくなってしまったことを、無銘は読み取った。
「なるほど……俺は小柄だから、足元の罠はよく分かるのぜ！」
　無銘は、目の前の軍団に手を貸すことにした。
「癇癪玉がいっぱい仕掛けられてるぜ……拾って集めておくのぜ！なぁんか役に立ちそうだしな」

「盗み聞きだけど事態は了解したわ。さくっと先に進みましょ」
　尾鎌蛇那伊は、屈強な体を揺らしながら、隊列の先頭に立って進軍していた。
　武器は総身が鉄でできた金砕棒。鬼が持っている金棒をイメージしてもらえればいい。それを両手に一本ずつという装備だ。今は、日本の金棒を斜め十字の形で背負っている。
「あら？史実では降り続いていたという雨、すぐに止んじゃったわね。……この隙に、敵に罠を張られた気配がびしびし伝わってくるわ……」
　蛇那伊は善後策を考える。
「ひとまず、お偉いさまに進言してから対策をとりましょ」
　そういうと、彼は部隊長クラスと思しき武将のもとに足早に向かった。彼のかなり凄い容貌のおかげで、兵卒は簡単に道を空けてくれ、スムーズに一隊を率いる武将のもとにたどり着くことが出来た。
「む？見かけぬ顔じゃのう」
「恐れながら、進言に参りました。雨が止んだ隙をついて、敵の間者がわなを仕掛けているやも知れませぬ。ここは、少数の兵を割いて先行させ、罠の確認と解除をさせるのが良策かと存じます」
「ふむ、お主の言う通りかもしれん。誰か、先行できる者はおらぬかのう」
　武将が呼びかけたその時だった。
「くくく……ちょうどいい人材がおります。少々お待ちを」
　答えたのは、軍勢に交じっていた屑利執だった。学者肌なので戦闘に参加する気はないが、歴史的瞬間に立ち会えることに知的興奮を覚え、ついてきていたのだった。
　執は少し開けた地面に魔方陣を書き、念じる。「降臨の儀」―――本土に住む平凡なサラリーマン「沼田さん」を召喚するろっこんだった。
　やがて、人影が魔方陣の中心に表れた。ところが―――
「あれ、あんた……」
「こ、ここはどこですか？何があったんですか？」
　現れた沼田さんは、ろっこんによる召喚なので、現代人の格好のままだ。
「いやああああ！本物の刀……助けてええええ！！」
「あのちょっと、お願いだから落ち着いて。事情は説明するから」
　沼田さんは何度か怪異現象に巻き込んでいる。最初から事情を説明すれば落ち着くだろう。