月夜に囚われし姫君を救え｜リアクション

月夜に囚われし姫君を救え

　透の方は八神修が持ってきたまたたびの枝によって酩酊状態になりながらも未だ戦い続けていた。
『この程度で……骨抜きになると思うたか、若造！』
「なかなかしぶといな」
　猫と遊んでいる最中に召還され、所持していたまたたびの枝。効果は確かにあるものの、執事としての矜持が彼に人としての理性を固持させる。それでも足はふらふらだ。
「でも動きは鈍ってきてるネ？」
　志波武道はいつもの楽しげな笑みで挑発する。場合によってはお得意の早脱ぎで注意を向けさせようとも考えていたが、今回はその必要はないらしい。彼は透に生まれた大きな隙を見逃さず、前足２本と延髄へと死角から強めの突きを放った。武道のろっこん『スイ・マー』は突いた部分を麻痺させるという物なのだ。
　麻痺させられた透はうめき声を上げながらごろり、とその場に倒れる。これで、彼もまた戦えないだろう。
「多分、１時間は痺れているんじゃないかな。こちらも、戦いは終わりだよ」
　次は白鋼側のフォローに動こうかな、と呟く武道に、修は感謝を述べて頭を下げる。そして、未だはらはらと事態を見守る小日向つばめの所へと向かった。
「先輩、あの鳥かごをどうにかします。だから……」
「分かってル！　任せたよ～♪」
　武道は一旦白鋼の方へ向かい、修は鳥篭へ。つばめは再び来た修へ心配そうな顔を向けた。先ほど触れたときは火花が散り、手を弾かれていたからだ。
「さて、どうしたら触る事ができるかな……。いや、ためらっている場合じゃない」
　修はもう一度鳥篭に触れようとした。

　白鋼が持つナイフに興味を持ったサキリ・デイジーカッターは思わず見入りそうになるも首を振る。そして、すぅ、と軽く息を吸って声を上げる。
「白鋼とやら。僕らからすると君のやり方は無茶苦茶にしか見えない。でも、君からすれば当然の事をしているだけ、なんだよな？」
　静かに呼びかける声に、白鋼は驚いたような表情を浮かべる。サキリは穏やかな声で言葉を続けた。
「所謂文化の違いというやつか……。つまりこの決闘の本質は色恋沙汰というより、『異文化交流』みたいな物だと僕は思っている」
　気がすすまない、といいつつも高揚感は隠し切れないようで、サキリの表情は楽しそうである。一方、円はいつになく真面目な顔で問いかける。
「ねぇ。白鋼くんだっけ。君にとってつばめ姫は『人』？　それとも、『物』？」
「何を言っている。人に決まっているだろう？　あの鳥篭の事を気にしているのか」
　白鋼は円が鳥篭を見ていたのを覚えていたようで、静かに肯く。
「つばめ姫を守るべく入れているだけだ。終われば開放する。姫にも、我らが勝負を見届けてもらわねばな」
「そうだとしても、何故、本人の気持ちを無視して、こちらと戦うことで双方の将来を決めようとするのかな？　命を救われたのなら、それは恩。それをあだで返していない？」
「私も、貴方の『好き』はちょっと違う、と思う」
　円の言葉に合わせ、此方が肯く。言葉を失い、険しい表情を浮かべる白鋼に円は複雑な表情を浮かべる。
「そもそも、どういう経緯で助けられたのさ？」
「俺はこちらの世界へ迷い込んだ際、猫に扮していた。しかし油断して傷を負って彷徨い、車に引かれそうになった。だが、それを救ってくれたのがつばめ姫でな……」
　白鋼曰く、車の前に出そうになった所を止めてくれた上、動物病院に連れ行って治療をしてくれたらしい。それだけでなく、暫くの間面倒を見てくれた、とも。その内容を聞きながら、周囲の者たちは納得し、円は静かに肯く。
（こっちの世界の事を知らないからこその齟齬なのかな、これは。ちょっと強引なところはあるけどさ。もしかして、正体は案外かわいいものなのかも？）
そうしながらも、彼女は真剣に言葉を続ける。
「こっちの世界の流儀を学んで、相手の気持ちを尊重しつつ求婚するなら手伝ってあげなくもないかな。今の君のやり方はつばめ先生の心を軽視しているんじゃないかな」
　白鋼は、黙って円を見る。吟味するように目を閉ざし、彼はゆっくりと息をつく。その様子を見、今ならば落とせると睨んだ修もまた、彼らの輪に入り口を開いた。円が何か言おうとしたが、それを言わずとも白鋼は解ってくれたと思い、あえて言わない。
「確かに、貴方の気持ちは間違っていない。解るような気がするよ」
　修が歩み寄りながら肯き、言葉を続ける。
「だが、先生が、貴方を救った事は切欠に過ぎない。物事には、みんな『切欠』があるんだよ。だから、先生が貴方を『好きになる切欠』を作らなきゃな」
「……ああ……」
彼は静かに肯くと鳥篭へと歩み寄り、つばめへと向き直った。

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月夜に囚われし姫君を救え

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