言の葉、消えて｜リアクション

言の葉、消えて

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ふらりと立ち寄った喫茶店で、倉前七瀬は何冊もの本を読みふけっていた。
これを読み終えたら帰ろう、と最後の一冊に手を伸ばす。
そうして、表紙をめくった時――七瀬は首を傾げた。
……おかしい。
じぃ、っと本のページを眺める。
目を細め、穴が空きそうなほどに見つめ続ける。
時折首を傾げたり、透かすように見上げてみたりしながら。
そうして、結局さっきの答えに行き着いてしまう。
……やはりおかしい。
最初は気のせいかとも思ったが、そうではない。

――急に、本の内容がわからなくなってしまった。

右手の人差し指と親指で、ほんの少し紙を擦るように触れてみる。
かそこそと、柔らかな音が耳朶をそっと打つ。
本のページは、確かにここにある。
そして何かがここに書き記されている、という気はするのに。
どういうことなのか、それを全く読むことが出来ない。理解することが出来ない。
認識できない。
この本に何かしらの不具合が起きているのか、と思ってさっきまで読んでいた本のページを開いてみる。
が――同じだ。
どれもこれも、あの本もこの本もさっぱりわからない。
一体、何がどうなっているのか。
その時、一つの疑問が七瀬の頭の中に浮かんだ。
彼のろっこん――『空気を「読む」』で召喚した本はどうなるだろう。
いつも通りなら、漠然と場の雰囲気を記した書物になるはずだが。
とりあえず、確かめてみよう。
瞳を閉じ、深呼吸して一旦気を落ち着かせる。
それから、空気を読むと強く念じること数秒。
ふっ、と手の中にずっしりとした感触。
しっかりとした装丁で厚めのハードカバーの本が一冊、ちょうど両手の上に収まるように出現した。
食い入るようにして、その本のページをめくる。

しかし、なんということだろう。

そこには、何も書かれていなかった。
完全な――まっさらな白紙のページが、どこまでも続いていた。
これが今の漠然とした雰囲気、ということなのか？
……額を、少しいやな感じの汗が伝っていく。

そうだ。だったら、誰かに聞いてみたらわかるかもしれない。
そこでようやく気付く。
声も、出ない。
……どうりで、急に周りが静かになったわけだ。
しかし――と、口元に手をやり考えこむ。
声はともかくとして、文字が読めないのは辛い。
本が――というか文字が無い生活なんて、七瀬には考えられない。
予想だにしなかった状況の発生に、流石の七瀬の表情も険しいものになってしまう。
どこかすがるような気持ちで、再び最後の一冊を手に取る。
もしかしたら、ずっと眺めていれば、何か変化が――。

――！！

思わず、椅子を倒してしまいそうな勢いで立ち上がった。
周りの視線が集まるが、そんなもの気にもならない。
さっきまでわからなかった文字が、読めるようになっている！！
「――やった！！」
口を衝いて出た歓喜の言葉に、声も元に戻っていることを悟る。
ああ、良かった。これでまた文字が読める。
さっきまでの一体何だったのかはわからないが、もうあんなのはこりごりだ。