言の葉、消えて｜リアクション

言の葉、消えて

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海沿いを、もふもふと一緒に散歩していた飛吹勘助。
遮る物の無い夕焼けの光が、彼の横顔ともふもふをオレンジ色に染め上げる。
ふと視線を水平線の方へ向ければ、沈んでいく夕陽がよく見えた。
その光景に、なんとなく言葉を口にしたくなって――気付いた。

声が、出なくなった。

背中を嫌な汗が伝って、焦りながら喉に手をやったりした。
それで喉が良くなるわけでもないし、そういう問題でも無さそうなのに。
でも、それもほんの少しの間だけ。
人の声だけが凪いだような静けさに、落ち着いて考えてみれば――。
周りの人の声や陰口を、今なら気にしなくてもいい。
それに人の声がしない分、海の波の音や風の音がとても心地よく感じられる。
しばし、勘助はそんな自然の音に耳を傾けていた。

……けどそうしていると、やっぱり寂しさが首をもたげ始める。
海の美しさに言葉をこぼすことも、もふもふに声かけることもできないのだから。

思い出すのは、童話の『人魚姫』。
彼女も、こうして声を失って。
好きな人に想いを伝えることもできずに、最後は泡に……。
声にならない叫びが、勘助の喉から迸る。
人魚姫も、こんな風に叫んだのだろうか。
決して誰にも届かない、沈黙の慟哭を。

……やっぱり、嫌だ。
歌を歌うこともできず。
嬉しい時も。
楽しい時も。
悲しい時も。
怒る時も。
言いたいことを何も言えずに、人魚姫の様に一生を過ごすなんて。

それならいっそのこと、海に沈んで死んだ方がマシだ。
衝動的に、そんなことを考えた。
……でも、やっぱり死にたくもない。
だって、死んでしまったら。
せっかく手に入れた楽しい日々も、泡となって消えてしまうから。
――死んだほうがマシだ。
――でも死にたくない。
――言いたいことを何も言えないのは嫌だ。
――でも死んで手に入れた物も消えるのも嫌だ。
相反する二つの心が、渦を巻く。
愛する人を殺して人魚の姿に戻るか、それとも自分が消えてなくなるか――人魚姫が、二つの心の間で揺れ動いた様に。
……いや、違う。
人魚姫は、最後には自分が泡となって消えることを決めた。
決める勇気があった。
でも。
……自分にはこの状態で生きていく勇気も、死ぬ勇気もないんだ。

目に熱いものがこみ上げてきて、視界がぼやけ始める。
身勝手なのは、わかってる。
だけどお願いだ、神様。
どうか……声を、言葉を還してくれ……。

熱い雫が、頬を伝ってもふもふを濡らした。
ぼやけた視界で、もふもふを見下ろす。
……もふもふも、いつもこんな風に思っているのだろうか。

ごめんよ、本当に我儘で。
けど、これからも一緒にいてくれ、抱かせてくれ。
……君にまで見捨てられると。

もっと、悲しくなってしまうから。

気付けば、いつもよりもずっと強くもふもふを抱きしめていた。

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