●ベトナムへ、鎌倉へ、寝子島へ●


【東京国際空港・ソーティングエリア】

　こちらは羽田空港。空港ビルの１階には巨大な荷捌き場があり、旅客がチェックインカウンターで預けた手荷物は、ベルトコンベアでここに送られてくる。
　そのキャリーバッグの影から、ヒョイと今、角っちょを覗かせるハガキが１枚……サオラの健脚で無事ここまでたどり着いた、シダ 美穂戸の残暑見舞いだ。
　巨大なターンテーブルの上でぐるぐるしながら、興味津々でシダが周囲を見回していると、
「わ　わ　なんか　犬きた　サオラ　かくれろ
　ニャンニェー　はやく　はやく」
「クゥーン？（べろんちょ）」
「むひゃひゃ　コン　やめろ　くすぐったい」
　麻薬探知犬だろうか、荷物の間に鼻面を突っ込んできたシェパードに、おもいっきり切手をヨダレまみれにされるというハプニングこそあったものの、後は荷物ごとコンテナに紛れ込み、無事に飛行機のお腹にイン。
「あぶなかったな　飛行機のれた」
　後はこのままテイクオフを待つばかり、ベトナムへは約６時間の空の旅だ。
「ふふ　ついたらシダ　ボーに　スタールビー　おねだりする
　マーケットで　一番きれいなの　買ってもらおう　たのしみ　たのしみ」
　ベトナムは世界でも良質な、スタールビーの産地なのだ。そのキラキラを想像しながら、そのうち寝子島からの疲れが出たのか、うとうととまどろみ始めてしまい。
「ベトナムつくまで　ちょっと　寝よう
　サオラも　おつかれ　おつかれ（なでなで　ぎゅー）」



【ねこでん寝子島線・車内】

「ヤッター、なんとか電車に乗れたよ！
　まさに、滑り込みセーフってやつだね！」
　一方、桜花寮から出発したあの深民 実々もまた、シダと同じく乗り物をフル活用していた。
　彼女がチョイスしたのは、寝子島島民ならお馴染みの、ねこでん。発車寸前だったドアの隙間から、ハガキの身で滑り込み、首尾よく車両に乗り込んだのだ。
「後はこのまま寝子島線で本土へ渡って、鎌倉駅まで乗り換えなし！
　終点まで乗っておけばいいから、楽チンだねっ♪
　……と思ったら車掌さんに気づかれた！？」
「おや……落し物かな？　こんな所にハガキが」
　自分を拾おうとグワンッと天の高みから伸びてくる、その巨大な手！
「あわわ……こ、こうなったら、ろっこん【ミミューサ】！」
　まさに拾われる寸前、車掌さんが身をかがめたポーズのまま、その場に固まった！
「ごめんなさい、でも拾われたら困るんだ。
　今のうちに座席の下の死角に撤退っ」
　効果はすぐに切れ、しばらく首をひねっていた車掌さんだったけれど、やがて別の乗客に呼ばれて行ってしまった。その足音に座席の下で身をすくめながらも、ほっと胸を撫で下ろす実々。
『ぶい？（くいくい）』
「あっ、しばらくかぶちゃんはこっち見ないでね、ろっこんで固まっちゃうから」
　切手の中で慌てて伊達メガネを掛け、解いた髪をまたウンショとお団子にまとめながら、しばらくガタゴト。寝子島大橋を過ぎ、本土に入って最初の駅・寝子島入口駅に着いたあたりで、小学生ぐらいのチビッコと、その父親らしい男性が乗ってきた。
「あっパパ、海が見えるよ！」
　ちょうど実々が隠れている真上の席に座り、そのまま窓に貼り付く子供。脱ぎ捨てたクツを拾い、苦笑しながらその面倒を見ている父親の姿を見上げながら、実々もまたふと、自分の幼い頃のことを思い出す。
　ぽつりぽつりと電車に揺られながら、その思い出の１つ１つをかぶちゃんに聞いて貰い。そして、
「私のパパはね、忙しいママに代わって専業主夫やってるの。
　小さい頃からパパと過ごした時間の方が長いから、今回もハガキ出そうと思ってね……」

『パパへ暑中見舞い申し上げます』。
　彼女の運ぶハガキに書かれているのは、そんなメッセージと、元気な猫のイラストだ。



【桜花寮１Ｆ：玄関】

「俺たち ののこちゃん宛て、イージーモード！
　……と、思ってた時期がアリマシタ……（グッタリ）」
　そして、トンビたちに送り届けてもらった志波 武道と御巫 時子が、桜花寮に帰還する。いちどは寮の目前まで来ていながら、島外に拉致されたこの２人。念には念を入れて今度は、玄関の前で降ろしてもらったのだ。
　空を運ばれているうちにハガキも乾いたし、後は集合ポストの郵便受けに、自分たちを投函するだけ。
「御剣くん、あとひと息！　あっほら見て！
　時子さんに、志波先輩もいるよ！」
　その声に振り向けば、入り口のドアの外からヨタヨタとやって来るアレは、夢宮 瑠奈と御剣 刀のハガキだ。時子は瑠奈と、武道は御剣と顔を見合わせ、お互いのズタボロな姿にもう、苦笑するしかない。
「ふふ、そちらもどうやら、大変な目に遭ったみたいですね……」
「まったくだな。紙じゃなかったら死んでるとこだぞ」
　御剣などは、あちこち破れて穴だらけの姿で、すでに文面に何が書いてあったのかも判然としない。それでも、こんなハガキでも受け取って喜んでいる、ののこの姿が（それは何故か確信に近く）思い浮かび、やれやれ、しょうがねえな〜と苦笑してしまうのだ。
（今回の事も、俺の望む普通じゃないフツウの日々の出来事）
　それを守りながら、最後まで全力で楽しもう。そう思う。
　時子の呼んだ小鳥にハガキをくわえてもらい、４人いっしょにふわりと浮き上がると、
　全員で頷き合って、ののこの部屋の郵便受けにＩＮ！





「「やった……戻ったーーーーーぁ！！」」
　郵便受けの外に身体が吸い出されて、ハイタッチで手を打ち合わせる４人。時子は小鳥さんにも礼を述べて、
「元の姿に戻って、ひと安心です……」
「きゃっ、志波先輩、服きてない！？」
「ＨＡＨＡＨＡソーイエバ、切手の中で脱いだままだった☆」
　真っ赤になっている瑠奈の前で、慌てて服を着ながら、スパァーンとハリセンで突っ込むカワウソがもういないことに、武道はふと物足りなさを覚え……
「ってヤダーそれじゃ俺どＭジャナイデスカー！」
　そこに郵便局の配達員がやって来て、喜んでいる４人をいぶかしげに見ながら、郵便物の配達を始めた。ののこのポストにも投じられる１枚を見て、
「あれ？　もしかして……」
　察した瑠奈たち４人が並んで人垣を作り、配達員がびっくりしないように目隠しになる。その背からポワンと現れたのは……
「よし到着。さすが寝子島の郵便は、安心確実だな……
　って、やあ、皆も来てたのか」
　そう、八神 修だ。七夜 あおい宛ての八神だったけれど、あおいと ののこは桜花寮では同室。よって彼のハガキもまた、同じポストに配達されたのである。
「あれれー？　みんな、ここでなにやってるのー？（きょとん）」
　そこにスーパーの袋をぶら下げ、アイスを舐め舐め帰ってきたのは、当の野々 ののこ本人だ。
「こんにちは、ののこちゃん。えっと……そうそう、遊びにお誘いしようと思いまして……」
「えっ、ほんとにー！？」
　うまく機転を利かせた時子の台詞に、目を輝かせる ののこ。そんな彼女に御剣も、
「そうだ野々。今そこで、郵便屋さんとすれ違わなかったか？
　もしかしたら、何かいいものが届いているかもしれないぞ？」
「（ガサゴソ）あっハガキが入ってる！　ののこの暑中見舞い、お返事が来たんだ！（ぱあっ）」
　ののこが嬉しげに読み上げる、それぞれのメッセージは……

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・志波 武道
『残暑お見舞いモウシアゲマス！　神速脱ぎのブドーより葡萄と一緒に愛を込めて☆（葡萄のイラスト付き）』

・御巫 時子
『残暑お見舞い申し上げます。ご丁寧に暑中お見舞いのお葉書をいただきありがとうございます。
　夏休みも残り少なくなりましたね。また一緒に遊べる日を楽しみにしております。
　お体に気を付けてお過ごしください。（サンマさんのイラスト付き）』

・夢宮 瑠奈
『（とびきり大きく書かれた）ざんしょ！（羊のイラスト付き）』

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　残念ながら御剣のハガキはボロボロで判読できなかったけれど、
「ああん、うれしすぎるぅ！　刀君に瑠奈ちゃん、時子ちゃんにブドー先輩、
　みんなみんな、ありがとーー！！」
　アイスをボタ落として、ぴょんぴょん喜ぶ ののこの笑顔は、彼が想像した通りの、アホの子スマイルだ。そしてののこが、提げていたスーパーの袋を見せて、
「そうだ！　これから あおいちゃんとアイス作る約束だったんだけど、
　よかったら、みんなもいっしょに作ろうよ？　きっと美味しーよ！」
「ってののちゃん、これからアイス作るのにアイス食べてたの？」
「だってー、待ちきれなかったんだもん！」
　苦笑して顔を見合わせる瑠奈たちだったけれど、ここまでの内緒の冒険で疲れきった彼らには、うれしいお誘いだ。もちろん八神にも否やはなく、
「俺もご相伴にあずかろう。あおいには手渡しで、この絵葉書を渡したいしな」
　きっと彼女もこの可愛いハガキに、笑顔で喜んでくれるだろう。
「決まりだね！　じゃー私の部屋まで、れっつごー！」


　志波 武道、御巫 時子、御剣 刀、夢宮 瑠奈、八神 修の５名……配達完了でミッションクリア！