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　そして、いよいよプレイルームお披露目の日。
　御剣 刀は皆から受け取ったメッセージつき手形のフレームを、作品と共に壁に飾った。
　勿論、彼自身も『何でも出来るし、何でも掴める』という言葉と共に、手形を贈る。
（失敗ばかりで守れない事、助けられない事が多いけれど。
　　――それでも俺は、自分の手で大切なものを守る為に前に進むんだ）

　ＢＧＭには吉祥寺 黒子がせせらぎの音などと共に、作曲したギターサウンドが静かに、けれども軽快に流れている。月居 歩と芽森 菜々緒の風景画も一緒に並んだ。
「いい出来になったな、菜々緒！　月居！！」
　二人の肩に腕を回して、黒子は自分の事のように喜ぶ。
「ありがとう、クロ」
「菜々緒の絵は……上手いよ」
「ありがとう、でも、まだまだだわ」
　お世辞抜きに歩は想ったが、僅かな日数で水彩画の技術がみるみる上がった菜々緒は、まだまだ上達への意欲を見せる。
（負けられないな……）
　そうでなきゃ、隣へ並べないから。

「ほら、起きろ真央」
　八神 修に突かれて、後木 真央は「ファッ！？」と目覚める。
「立ちながら寝るとは、器用だな」
「ふふ……真央さん、頑張りましたものね……。さあ、千代子さんに見せる写真を撮りましょう……？」
「想像以上に、立派なもんになったねえ」
　御巫 時子とマリベル・ロイスは、真央を中心に皆で縫った刺繍を広げた。
　一面に飛び込んでくる、青と緑。
「素敵ね。潮風まで、感じられそうだわ」
　蒼澄 永姫は、これまでを振り返る。
　楽な作業では無かったが、こうして出来上がると疲れも忘れられる。

「……芸術とか、そういうのに疎い俺でも、創意工夫に満ちてるのがわかる……」
　毒島 林檎はプレイルームを俯瞰して、ぽつり。
「スゴイね……皆の思いが伝わってくるみたい！」
　小さく零した彼女の赤い瞳が、宮祀 智瑜や遠野 まほろ、ほか看護師らに連れられてやって来た、子供達に向けて細められる。
　その中には、クマの縫いぐるみを腕に抱いた、新島 ちよの姿もあった。

「わあ……これ、皆お姉ちゃん達が作ったの……！？」
　痩せて大きな瞳ばかりが目立つ彼女だが、その嬉しそうな表情に皆も和らいだ。
　林檎はお手製のマフラーを、ちよの肩に掛けてやった。

「ちよちゃん、クマとは仲良くやってるか？」
　黒子の問いに、ちよは恥ずかしげに頷いて、ふとプレイルームの一画に鎮座する猫に目を留めた。
「猫さん……？　あれ、これ絵なの？」
「ふふ、それはトリックアートなんですよ」
「すごーい、本物みたい……あ、こっちにも、あっちにも居るよ？」
「色んな所で、隠れんぼしてますよ。全部見つけられますか？」
　綾辻 綾花が悪戯っぽく人差し指を立てれば、子供達は夢中で猫を探し始めた。

　比較的元気な子供達は、黒子が作った遊具や、曖浜 瑠樹の作ったおままごとの道具に群がった。
　瑠樹の作った おままごとの食材は、はめこみ式だから、切ってお鍋で調理するふりなど、工夫して色々遊べる。

　たくさんの縫いぐるみや、編みぐるみにも、子供達の興味はうつる。
　あまり動けない子は、智瑜お手製の果物クッションに身を預けて、時子が寄付してくれた鳥の写真集や、青い鳥の童話に思いを馳せた。
　智瑜も まほろも気がつけば、絵本の読み聞かせや、おままごとなどで子供達と一緒に遊んでいた。
「私が夢中になっちゃいそうです……！」
　ペロリと舌を出す智瑜に、まほろも笑う。
「私も自分の作ったぬいぐるみさん達が、大事にしてもらっているのを見るとすごく嬉しいな」

「とても温かくて、気持ちの詰まった……寛げる場所ですね……」
　絵本を寄付した時子は、真央と共に楽しそうな様子を写真に収めて、はにかんだ。
　この子達に、本当の青い鳥が来るといい。心からそう思う。


　キリエ・オーラティオは輪に入れず、見守るばかりの車椅子の少女にそっと近づいて、何事か囁くと肩を抱き寄せ歌声を披露した。
　日本語はまだあまり得意ではないけれど、歌ならば万国共通だから。

「さあ、聴くがいいのです……」
　歌うのは、アカペラのアメージンググレース。
　華奢な少女が魂をこめて歌えば、そこは硝子のような繊細な響きで満たされる。


　Amazing grace!
That saved a wretch like me!
I once was lost but now am found
Was blind, but now I see.
'Twas grace that taught my heart to fear.
And grace my fears relieved;
How precious did that grace appear,
The hour I first believed.
Through many dangers, toils and anares.
I have already come;
'Tis grace has brought me safe thus far,
And grace will lead me home.
The Lord has promised good to me,
His word my hope secures;
He will my shield and portion be,
As long as life endures.
Yes,when this flesh and heart shall fail,
And mortal life shall cease;
I shall possess, within the vail,
A life of joy and peace.
The earth shall soon dissolve like snow
The sun forebear to shine;
But,God who called me here below,
Will be forever mine.


　それは清らかな、神への賛美歌だった。
　敬虔なクリスチャンである母を持ちながらも、世俗の常識の中で罪を犯し続けた男。
　それでも神は、男の罪を赦し、同情を示してくださる。


　歌う事で、病気が癒える事はないだろう。
　けれど心を慰める事は出来るに違いないと信じて、キリエは歌う。

　真摯な想いで、高らかに。
　最後の余韻と共に、十字を切った彼女には、惜しみない賛辞の声が送られた。
　キリエが子供の肩を抱く手に、力が篭った。
「神はお前たちの事を、ずっと見守っているのです」
「ありがとう……」
　表情に乏しかった車椅子の少女が、か細い声でお礼を言うのに、キリエは優しく微笑んだ。


「やあ、ちよちゃん。経過はどうかね？」
　たくさんの絵を寄付し、今回は配置など全体の監修を行う大役を担った旅鴉 月詠が、ちよに尋ねる。
「うん、体力づくり頑張ってるよ。このお部屋、お姉ちゃんも綺麗にしてくれたんでしょう？　ありがとう」
　ちよは今、手術に耐えるための体力をつけるため、トレーニングに励んでいる。
　座ったままの姿勢ではあるが、ぺこりと頭を下げた ちよに、月詠はキャスケットのつばを指で軽く摘んで、引き下げる。
「なあに私は、ちょっと魔法をかけにきただけさ。大した事はしていない」

　最後に体力的な問題や衛生面の問題で、ここへ来れなかった子達にも、永姫が中心になり白い病室の壁に色画用紙の花を咲かせた。
　個人のために作られた、縫いぐるみやクッションも枕元に並べられる。
　ささやかではあるが、ぱっと華やかになった病室に子供達は微かな笑みを浮かべ、壁の動物達に手を伸ばす素振りを見せた。
「今日、子供達の笑顔を見れたのは、あなた達のお陰よ」
　深々と永姫は頭を下げる。
「皆、本当にありがとう」
　プレイルームを彩った功労者の一人でもある美貌の看護師は、ボランティアに参加した一人一人を労って握手を交わすと、自分の職場に戻っていった。
　助けを求めてやって来た、患者達に手を差し伸べるために。

「ちよちゃんとクマさんには、今回は間に合わなかったけど、後でお揃いのカーディガンも贈りますから、受け取ってくださいね？」
　約束、と智瑜が小指を差し出す。
「カーディガン、お姉ちゃんが編んでくれるの？」
「ええ、これから寒くなるから、羽織るものが必要でしょう？」
　未来の約束をする事は、ちよにとっては勇気のいる事だろう。
　こくりと、ちよは息を呑む。
　それでも彼女は、智瑜との約束を果たそうと懸命に小指を伸ばす。


　季節は夏の終わり。
　目まぐるしい変化と共に、希望か、或いは絶望が、すぐそこまで迫っていた。




　　　終