星ヶ丘寮の『ＰＫ』｜リアクション

星ヶ丘寮の『ＰＫ』

６.恋とデートとパンツ-後編-

　一方。
　恋の炎に燃える２人はクライマックスを迎えようとしていた。
　「あー、映画面白かったー☆」
　うーん、と背伸びをしながらも信彦に寄りかかっているのはベガ。手に持っていたクッションをぎゅっと抱きしめる。
　信彦はベガの肩に手を回したまま、片手でブルーレイレコーダーで操作して、停止させる。
　大型の液晶画面は黒一色になり、部屋は心地よい沈黙に閉ざされる。
　ベガは猫のように信彦の方に頬を摺り寄せる。まるで私のだぞ、と言わんばかりに。それとも私はいるよ、と示そうとしているのか。
　「今日のベガっちは甘えん坊だな」
　なんとなくベガの心中を想像して、自然と信彦は優しい言葉をかける。
　「えー、そうかなー？」
　ベガは照れ隠しのように笑う。
　「かわいいけど」
　信彦は追及するのを諦めて、踏み込みたくても踏み込めないから、茶化す。
　「やだー、恥ずかしいー☆」
　ある意味では普段と変わらない２人のノリで、今日のデートは終わろうとしていた。

　「あー……、ベガっち。送って帰るよ」
　と、信彦は口にする。真夜中ではないけれど、シンデレラの魔法が解ける時間。
　「そっか、そんな時間なんだねー。あははー☆」
　明るく元気に笑顔を見せるベガ。寂しさの裏返し。
　繋がれた２人の手は行きよりも強く儚く。

　信彦とベガは帰り道も他愛のない話を繰り返す。
　学校のこと、部活や授業のこと。
　信彦の寮のこと、ベガの孤児院のこと。
　楽しいこと、嫌だったこと。
　『ＰＫ』事件のこともちょっとだけ。
　２人の記憶を重ね合わせて想い出にするように。

　あっという間にベガの家、孤児院に到着して。

　「じゃあ、また明日」
　と言う信彦の手を、俯いたまま離さないベガ。
　「ベガっち？」
　呼びかけられてベガは顔を上げる。信彦の顔を見ながら。
　ベガの顔は泣き笑い。
　「彦にゃん。あのね……。彦にゃん、私ね……」
　たどたどしく子供が言葉をなぞるような危うさでベガは言おうとする。
　（彦にゃんが遠い、よ）
　言葉にならないそれは言えないまま。
　「うん･････」
　信彦に届いたのかは分からない。それでも信彦は頷く。ベガのことが好きだから。
　「それでも……彦にゃんのことが……」

　（好きだよ）

　言おうとした言葉は突然のキスにかき消されて。

　「ふぇ！？」　

　２人を分かつ川が遠くても、その唇の温もりは確かにそこにあって。

　「お伽噺の魔法はキスで解けちゃうけど、キスから始まる恋の魔法ってのもあるのさ。ってのは流石にクサいかな？　おやすみ、俺のお姫様、また学校で！」
　信彦は照れ隠しのように片目を閉じて早口でそう言うと、びっくりしたままのベガから離れる。

　「あ……。うん、そうだよね。……おやすみー☆」
　その笑顔は夜空の星の煌きのようだった。

　時刻は遡り。
　轟の言葉に呼応するかのように、雲間から太陽は覗き。
　２人の影を長く、長く伸ばしていく。
　赤光に照らされて、紫乃愛の頬を一筋の雫がつたう。同時に、彼女の悪の仮面は剥がれ落ちて。
　「いいの……？　風雲児君の横に、あなたの横に私がいてもいいの？」
　２つの影は伸びてそして重なり合う。
　「何言ってるんだよ！　彩華と一緒にヒーローできるなら大歓迎だ！　悪として対立するよりずっとな！」
　轟は真剣な顔でそう断言する。
　「でも近くにいるときっと……私の気持ちがばれちゃうから……」
　紫乃愛は頬にこぼれた涙を指で拭い、轟を見つめる。
　その瞳には紫乃愛の生の感情が見えていた。
　「問題ないさ！　……で、彩華の気持ちってなんだ？」
　大真面目に腕を組んで考え込む轟。
　そんな轟の様子にちょっぴり吹き出しそうになりながら紫乃愛は微かに笑って。
　「気付かない？　紅色（ヴァーミリオンレッド）の薔薇の花言葉は……」
　
　（死ぬほど恋焦がれています）

　遠回りな恋をした少女は、ヒーローを抱きしめる。
　ヒーローであるが故に苦しんだ少年は、悪の仮面を脱ぎ捨てた少女を強く、優しく抱きかえした。