●●●伊達に魔術師やってません●●●

　戦場に出る、と言ったアルノルトはルイーゼを見送った後、後ろで物音がするのに気がついた。
　少々警戒をしながら上手く垂れ幕の中に隠れて跳んでいる少女を発見した。

「あれ、君は？」
「はうあっ！？　わ、私を食べてもおいしくありませんよ！」
「いや、食べるのはルイーゼだけで…おっと、そうじゃない。見た感じ、僕の召喚に応じてくれた子かな？」
「…え。ええっ！？」

　少女、屋敷野 梢は敵に発見されたと思ってたが、様子が違うどころか、死んでいたはずの人だと気がついた。
　当のアルノルトはにこやかに、それでいて急いているように言葉を続ける。

「えっと、戦えないなら、ここにいて大丈夫。あまり、物音をたてないようにね」
「あっ、ち、違うんです！　半変身が、出来なくて…」
「うん？」

　話を聞いたアルノルトは、感心するように声を漏らす。
　梢の話を聞くに、自分は蝶へと変身できること、口以外の変身をして、神のお告げを再現しようとした。
　神のお告げでヒーラーを離反させれば、その軍隊に未来はないと思うが、半変身が上手く行かない。
　一度は変身してヒーラーの様子を見て、ターゲットは定まっていて、ここで再度半変身に挑戦中とのことだ。

「と、言うことなんです」
「うんうん。なるほどね。君のやろうとしてることは凄いことだ」

　説明をし終えた梢の言葉に一つ一つ吟味するように頷くアルノルト。
　最後に大きく頷き、ダンスを求めるように手を差し出す。
　梢は首を傾げながら、自分の知る映画やドラマのように手を重ねる。
　そこに、アルノルトは軽くキスをする。

「っ！？　な、何をするんですか！？」
「え？　ちょっとした挨拶ですよ？　それはともかく、変身を試してみてください」

　突然のことに驚いている梢に驚くアルノルト。
　梢は心臓の鼓動が激しくなり、体が薄い不思議な光に淡く包まれる。
　言われるままに前方へジャンプする梢。
　アルノルトに背を向けてもらい、彼女のろっこん【胡蝶の夢】で蝶の姿へ変身をした。
　しかも、少し奇妙ではあるが、口だけを人間のままにして。

「あ、すごい！　できた！」

　飛び回りながら、嬉しさを口にする梢。
　今まで自分が出来なかったはずの事が、今出来ているのだ。嬉しくない訳はない。

「やった、ありがとうございます！　ちょっと行ってきますね！」
「ええ、行ってらっしゃい」

　満足そうに頷くアルノルトは梢と同じ光を発している杖を隠しながら笑顔を見せていた。
　梢が目指すのはリーダーではないものの、周りに意識を配れる人。
　それでいて当初の目的通り、若そうな感じの子。

（騙されやすそうかは分からなかったけど…多分大丈夫！）

　そもそも、上手く行くか分からないのだ。
　アルノルトに協力してもらって、前向きに考えねば成功は遠くなるだろう。
　と、想像を巡らせているうちにターゲットが見えてきた。

「ええと、次、貴方ですが大丈夫ですか？」
「分からんが…やるしかないんだろ。ちっ、投降なんてした日には、お前がチクるんだろ？」
「申し訳ありません。よろしくお願いします」

　頭を下げる青年が、ターゲットだ。
　魔力…多分体力的なものなのだろう、の管理をし、的確に指示を出していく。
　帝国王の動きや指示にも敏感で、時々宙に話しているのは電話みたいなものだろうと思う。
　よし、と覚悟を決め、青年の耳元で神のお告げを囁く。

―私は神の使者
　貴方の力を借りて、呼びかけています
　心して聞くのです
「な、なんだ…？」
―この戦い、数の上では有利ですが
　相手は異神の使徒、貴方の率いる将は神に見放されし邪悪の化身
　貴方に待つのは死の未来
「ば、ばかなっ…」

　梢は話しながら左右に飛び回り、一層のお告げ感を作り上げていた。
　その青年は目に見えて狼狽し、周りにする指示もおざなりになっていた。

―貴方は何れは大司祭となる素質を持った人間ですが、今は大海の滴
　邪悪な王の下では、それもかなわぬでしょう
　問いましょう
　貴方が仕えるのは帝王か、神か
「わ、私は…ど、どうすれば…」
―…１人の少女が現れます
　速さ故に姿を見ることができぬ、名も無き剣聖の英霊
　神を選ぶなら、彼女に従いなさい
「わか、分かりました…！」

　狼狽していた青年がとどめの一言で離反を決意した。
　そう感じた梢は満足そうに笑い、青年の背後でろっこんを解除した。
　青年の背後に突然現れた少女に驚きを隠せないヒーラーたちは臨戦態勢を取る。

「待ちなさい。…あなたが、そうですね？」
「確認されるとは、遺憾ですね」
「ご無礼をお許しください」

　振り返り、うやうやしく礼をする青年を見たヒーラーたちは戸惑いを隠せない。
　戦っているヴォルデマールのことも自分たちの心配をしている意味合いで心配だが、これも異常事態だ。

「私めは、神にこの身を捧げたのです。その神からの直言、聞き入れない訳はありません」
「くるしゅうない。では、この戦場の負傷者を回復せよ。民草の命は何物にも代え難い」
「仰せのままに。皆さん、城への連絡はいたしません。この方の言う通りになさい」

　青年の連絡はしないと言う言葉は、ヒーラーに響いたようだ。
　それぞれ顔を見合わせ、梢のことを拝んだり平伏したりしている。
　梢は目を泳がせながら、負傷者が減り、投降者が増えれば良い、と考えていた。
　ヒーラーは言われた通り…それでもヴォルデマールの目には触れないように、三々五々回復しに行く。
　そんな時である。ヴォルデマールの指示が飛んできたのは。

●●●戦力は着々と●●●

　ソフィは不思議なものを見た、いや、見えなかった。
　回避が不可能だと思っていた三つの攻撃を、瞬間移動的なもので回避し、さらに弓兵の武器を破壊した。
　そして、投降を促しているときにルイーゼが駆けつけ、このあたりの帝国兵のほとんどが投降した。

「すさまじい速度で動けるのだな、貴公は」
「ああ、まぁな」
「御剣さん、すごいですね」

　ルイーゼとソフィが初めて見たのは刀のろっこん【加速】だ。
　彼の頭の中で撃鉄が落ちるイメージを作れば、呼応して自らの体を早くできるというろっこんだ。
　このろっこんと持ち前の剣術で数々の事件に関わってきた。

「それより、投降した兵の手当てとオッサンの所に向かわないと」
「兵の手当ては俺の方でやります」
「投降の整備は私が担当します」

　刀の心配に応えたのは林檎と美野梨であった。
　アルノルト救出後、林檎は負傷兵を癒し続け、その護衛役をした美野梨。
　投降兵が増えてきたこともあり、護衛は任せて投降の整備をする美野梨は防御陣地への案内をする。

「誠、頼りになる者たちよ」
「アンタも相当強そうだがな」
「さて、な」

　ルイーゼの感心する言葉に、言葉を返す刀。
　投降する兵が増えた要因の一つにルイーゼの鎧を貫くレイピアもあると考えていた。
　防御陣地まで行く兵をちらりと見ても、鎧に不自然な穴が開いている兵士は少なくない。

「では、向かうとしよう、悲しき王の下へ」

　踏み出すルイーゼに続き、帝国王との戦闘に向かう刀とソフィ。
　この戦いの、終焉を期待しながら。