デンジャラス・スリッピー・ゾーン｜リアクション

デンジャラス・スリッピー・ゾーン

◇真っ赤に燃える正義の血潮
　杜の湯へ向かう途中の路上に倒れ伏した赤羽勇樹は、なんてことだと呟いていた。
「こんな事になるなんて……」
　そう言い残し、彼の意識は血だまりの中に沈む。

　時間をさかのぼること数分前。
　浴衣を着た女性が杜の湯から出てくるのを赤羽は目撃していた。
　昼間にもかかわらず、温泉を楽しんでいたのだろう――
　と、赤羽の目の前をちいさな、すばしっこい影が横切った。
「にゃーん」
　そう鳴いた影の正体がどんな種類の猫だったかという情報は、赤羽の記憶にはない。
　彼が目撃したのは、猫におどろいた女性が転倒し、
　浴衣の裾から垣間見えた、白く神々しい何かのみ。
　そしてあまりの衝撃（感激のあまりと言いかえてもよい）に、
　彼は大量の血を流して倒れ伏したのだった。

　つまり、今地面にたまっているのは鼻血ということらしく。

　屈してばかりもいられないと、赤羽は立ち上がる。
　正義のヒーローを志す彼はすぐさま、この怪事件には誰かの悪意が働いているにちがいないと考えた。
「まさか、悪の組織のしわざかっ！？　つまりこれは悪のトラップか！」
　パンチラによる興奮……もとい、にっくき悪への猛る思いを叫ぶ。
「黒幕を探しがてら、困ってる人を見かけたら助けないとな」
　ヒーローたるもの、弱きを見れば助けなければならない。
　現にほら、むこうの大通りでスリップして止まらなくなってる夢月の姿が。
「わー、つるつる―！」
　冒険心の旺盛な夢月は楽しそうにスピンを決めているが、あとの二人はおっかなびっくりだ。
「ひ、姫ちゃん待ってー」
　怪我させては大変と屋敷野が追いかける。
　転ばないよう気をつけていたが、ついに桃井が足をすべらせた。
「危ないっ！」
　ぐらりと傾いた桃井の真下へ、赤羽がスライディングで飛び込む。
　お尻の下敷きになって痛い目にあったが、おかげで桃井は怪我せずにすんだようだ。
「大丈夫か……あんた」
「……助けてくれてありがとう。怪我、してない？」
　屋敷野、それに先を行っていた夢月も戻ってきて、赤羽を心配そうに見ていた。
　起き上がった赤羽は心配いらないぜ、と三人の方へと向き直る。
「正義の血潮がめぐる限り、ヒーローはちょっとやそっとじゃやられないからな！」
　と――やわらかいお尻の感触に鼻血を流しながら豪語したのだった。

　もらったティッシュを鼻につめ、鼻頭を押さえて歩く。
　一緒に歩く道すがら、赤羽はいろいろなことを三人に尋ねていた。
　これからどこへ行くつもりなのかとか、何で三人一緒なのか、だとか。
「お母さんのおつかいなの」
　と桃井が答え、
「かんなちゃんと一緒に星ヶ丘までいって、結婚式場を見てみたいんです！」
　と嬉しそうに夢月が語り、かと思えば
「んー、私は単に時間があいてたからですねー。こんな危ない状況の中、放っておけませんしー」
　と屋敷野がのんびり口調で返す。放っておけないのがあくまで本音で、前半は照れ隠しだったりもする。
「そうか……三人とも優しいんだな」
　赤羽が納得したように頷く。照れた屋敷野がホントに時間が余ってただけなんですよーと、ごまかすように笑った。
　三人はこれから星ヶ丘まで行くというが、行き先でも危険なトラップが待ち構えているかもしれない。
「よし、決めた。俺も一緒にいく。あんたらの護衛をしてやるよ」
　正義は仲間思いの人間の味方だ。そういって腕組みをする赤羽に、
「さっきみたいな無理はしちゃダメですよ？」
　と夢月が心配そうにクギをさした。