デンジャラス・スリッピー・ゾーン｜リアクション

デンジャラス・スリッピー・ゾーン

◇かわいいは正義
　太陽に手をかざし、屋敷野梢は気持ちよさそうに目を細めた。
「はー、今日も平和な一日になりそうですねー」
　今日は時間もあることだし、九夜山近くで昆虫採集でもしよう、などと考えながら歩く。
「このままのんびり過ごせたら何よりなんですけどねー」
　言い終えるより早く、どんがらがっしゃーんとクラッシュ音が聞こえた。
「うわ、また街がメチャクチャになってるじゃないですか！　前言撤回！」
　倒れた人のそばに駆けより、大丈夫ですかーと声をかけながらゆっくりと抱き起こす。
　駆け寄る際に、屋敷野は道路の異変に気がついた。
（この分だと、ほかにも困ってる人たちがいるかもですねー）
　そう思って見渡すと、２人の少女が目の前の横断歩道を渡ろうとしているのが見えた。
「あれは確か、寝子小学校のー……桃井、かんなちゃんでしたっけ。一緒にいるのは同級生の子でしょうか」
　旧市街の人と親しくしているおかげで、地域の人の情報は多少頭に入っていた。
　慎重に道路を渡ろうとしていた桃井が、バランスを崩してわたわたと手をバタつかせている。
　まだ車は来ていないとはいえ、見てるだけで寿命が縮んでしまいそうだ！
「あわわ、お二人とも危ないですよー」
　あわてて二人の救出に向かう。
　何度か足を滑らせながらも、二人を車道の向こう側へと誘導したのだった。

「えっと……さっきはありがとうございます」
　夢月が、つづいて桃井が助けてくれた屋敷野にお礼を述べる。
「いいんですよー。二人とも無事でよかったですー」
　礼には及ばないと手をふり、屋敷野はところでと話を変えた。
「いまからどこかへお出かけですかー？」
「うーんとね、お母さんが家に書類を忘れちゃったから、わたしがステッラ・デッラ・コリーナまで届けに行くの」
　何から何まで楽しいお出かけ、というわけではないらしい。
　少女の抱えるバッグは書類がつまって重たそうだ。
「一人でも行けるんだけどね、姫ちゃんが一緒に来てくれるんだって」
　やはり一人だと心細かったのだろうか。
　夢月の名前を呼ぶ時の桃井の顔は安心したようにほころんで見えた。
「私も遠くまでお散歩してみたかったし、ひとりよりふたりがいいなって思ったの！」
　夢月の言葉に、屋敷野の喉のあたりがごくりと小さな音をたてる。
　ただでさえ子どもの純粋さに弱い屋敷野のこと。
　こんな言葉を聞いてしまっては、もう胸の中はトキメキっぱなしだ！
「そっかー、そうなんですねー。ふたりともえらいのねー」
　なるべく平静を装いつつも、心の中で叫ばずにいられない。
（うーわー……！　きゃー！　な、なんて健気でかわいい子たちなんでしょーか、この子たちはっ……！）
　はじめておつかいに行く系のテレビ番組には弱いというのに、目の前の二人はまさにその状況なのだ。
（きっと道中大変なことがあっても手を取りあって乗り越えていくんでしょーねっ……あれ、想像しただけで目頭が熱く……）
　一瞬顔をそらし、目にゴミが入ったふりをして目元を拭う。
　軽く咳払いをして、屋敷野はトンと自分の胸を叩いた。
「よーし、二人が無事星ヶ丘まで行けるように、おねーちゃんもついて行ってあげます！　寝子島の地理には詳しいんですよー？」
　二人がぱあっと明るい表情をうかべた。
「いいんですか！？　すっごく心づよいです！」
　たっぷりの信頼をよせられ、屋敷野は任せなさい、とばかりにウインクしてみせた。

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