寝子島に台風がやってきた｜リアクション

寝子島に台風がやってきた

　漬物屋『うめ河』に宮祀が到着すると、ちょうどバルシュが看板の修理を行っている真っ最中だった。
「梅川のじーさん！　傾いてねぇかー？」
　バルシュが風に煽られながら看板を押さえる。
　先程まで、看板が強風で吹き飛ばされかけていたのだ。
「そうじゃな、もう少し右肩上げてくれ！」
　５代目店主の梅川照喜が声を張り上げた。
「了解だ、じーさん！　しっかし、間に合ってよかったぜ。お使いついでに修理もこなせばイッセキニチョウってやつだな！」
　バルシュが看板の角度を懸命に変えているところに、宮祀がやってきた。
　ここの漬物屋の人気商品『金星』という梅干を買い求めに来たのだ。
　ちなみに、金星はネット通販でもお取り寄せ可能。全国区のネームバリューがある、と店主は豪語する。
「照喜さん、こんにちは。金星、ありますか？」
「おーっ、宮祀の嬢ちゃんじゃな？　このひどい天気の中、よく来てくれたもんじゃ！　待っとれ、金星、おまけしてやるぞい」
「ありがとうございます、照喜さん！」
「なぁに、美人にはおまけしないとバチ当たるもんじゃ！」
　カッカッカと笑いながら店の目玉商品を鮨詰めに容器へ詰め込んでいく。
　容量は２倍、値段は据え置き（美人限定）。それが梅川爺さんのモットーなのだ。
「おーい、じーさん！　今度はどうだー？」
　バルシュの叫びは、店内の梅川爺さんには届かない。
　まさかの放置プレイ。
　そこへお遣いに来ていた桃井かんなが雨風に負けずに来店。
「あら、かんなちゃん、偉いですね」
　この悪天候の中、１人でお遣いをするかんなに感心する宮祀。
「智瑜ちゃん、こんにちは。私、もう９歳だもん。これくらい当然じゃん？　あ、うめ河の爺ちゃん、くださいな」
「おおー、桃井の嬢ちゃん！　雨の中１人でお遣いか、偉いのう？」
　顔を梅干のようにシワシワにしながら、梅川爺さんは微笑んだ。
　旧市街に住む者として、かんなは梅川爺さんにとって孫同然の存在だ。
「ワシにとったら未成年はみんな孫同然じゃな！　ほれ、宮祀の嬢ちゃん！」
「こ、こんなに？」
　明らかに原価取れていない量を手渡されて戸惑う宮祀。
　でも梅川爺さんは頑固で有名。こういう事はいつもの事である。
「あの、なにかお手伝いしていきますね！　サービスしてもらったお礼を……」
「おーい！　誰か手伝ってくれ！」
　バルシュの悲痛な声を聞き、宮祀はすぐさま手伝いに向かった。

　バルシュに送られ、宮祀は自宅の補強を急ピッチで行う。
　橘が留守中に土嚢積みを進めてくれたので、あとは窓ガラス付近のベニア張りだけとなっていた。
「よし、俺もそろそろ戻らねぇと。って、アンタ、乗ってくか？　家まで送るぜ？」
「ありがとうございます。その前に米屋へ寄りたいのですが」
「おう、ついでだから寄っていくぜ！」
　バルシュの好意に、橘はありがたく乗っかることにした。
「勇さん、ありがとうございました」
　宮祀の言葉に「気にするな」と一言だけ掛ける橘。
　そのままバルシュの軽トラを見送ると、彼女は早めの昼食の準備に取り掛かるのだった。