寝子島に台風がやってきた｜リアクション

寝子島に台風がやってきた

【台風到着前：旧市街の人たち】

　神助天佑は見てしまった。
　今まさに、世界の理から引き剥がされそうになっている因子を！
「この台風でやられたのですか……。このまま暴風域に入ったら、あれは絶対に持ち堪えられません！」
　無力感に苛む神助。
　だがギリギリのところで踏ん張り、思い留まる。
「いえ、まだ手はあります。暴風域まであと数時間。アレが世界と完全に分断されてしまう前に急ぎましょう」
　凛とした態度で踵を返すと、彼は両親に深々とお辞儀をした後にこう言った。
「庭の木が強風に煽られて倒れ掛かっています。紐で補強したいので、買いに行くための軍資金を下さい」
　神助天佑、13歳。
　正義感があり、真面目な性格で気遣いが出来る厨二病系少年。
　しかし、本人が天然のため、このように空回り気味なのが残念だ。

　無事に軍資金を入手した神助は、旧市街の雑貨屋へ足早に向かう。
　その途中、猫又川近く（マップJ-7付近）軽トラの荷台に荷物を沢山乗っけたトルコ人男性が通り過ぎていく。
　そして、何故かバックして神助の元までやってきた。
「おーい、そこのガキ、こんな台風の中１人で歩いていると危ねぇぞ！」
　神助はいきなり声をかけられ驚く。
　だがすぐ冷静に受け答えしだした。
「すぐそこまで買い物ですから。用事を済ませてすぐ帰ります。では」
「ちょ、ちょっと待った！　悪いことは言わねぇ、俺がそこまで送ってやるよ！」
　トルコ人男性は流暢な日本語で神助に語り掛ける。
　警戒する神助に対し、彼は屈託のない笑顔を見せた。
「おいおいおい、誤解すんなよ？　俺の名前はバルシュ。バルシュ・コルテュルクってぇんだ。寝子島でドネルケバブっていうトルコの肉料理を出す移動屋台やってんだぜ」
　快活に笑うバルシュを見て、神助はようやく警戒を弱めた。
「……悪い人ではないようですね」
「最初からそう言ってるだろ？　おっさんはな、今、旧市街のじーさんばーさんとこ巡って色々と手伝ってやってるのさ。こういう時、男手が要るんじゃねぇ？」
「確かにそうですが、何故、バルシュさんがそこまで？」
「決まってんだろうが！　放っておけねぇからだよ。俺はこの島に来て、色々見て回った。旧市街は人も家も古くていい味出してっからさー、損なっちゃいかんわって思うんだよな」
　バルシュは急に真面目な顔をした。
「おっさんはトルコ人だけど、寝子島が好きだからなぁ。大好きな人たちの役に立てるって嬉しいじゃねぇか。だから、困ってる時はみんな仲良くして協力しようぜ？　なッ？」
　神助は思わず胸がすく思いを味わった。
「バルシュさん、僕、お言葉に甘えさせていただきます。誤解して、申し訳ありあません。申し遅れました。僕、神助天佑と申します」
　頭を下げる神助にバルシュは相変わらずニコニコと怒らず接した。
「気にすんな、神助の坊主！　……って、男だよな、あんた？　キレーな顔してっからちょっと分からねぇぜ？」
「……僕は男ですよ」
「そうかそうか！　んじゃ、今度ケバブ食いに来いよな！　肉、増量してやるから！　っと、さぁ、濡れちまうから早く乗んな！」
「ありがとうございます、では失礼して……おや？」
　神助が軽トラに乗り込もうとしたその時だった。
　彼の足元に白い仔猫が擦り寄ってきた。
　一緒に乗り込もうとする仔猫を、神助は川の近くの木陰まで移動させた。
「すみません。急いでいるので相手は出来ません。この辺りは危ないですから早く親の元へ帰るんですよ」
　寂しそうに鳴き声を上げる仔猫に後ろ髪を引かれつつ、神助はバルシュの軽トラに乗り込んだ。

　バルシュは神助を送り届けると、約束していた老婦人の家の元へ軽トラを走らせた。
　現場へ到着すると、すぐさま彼は作業を開始。
「おーい、じーさん、ばーさん！　手伝いに来たぜ！　あとは俺に任せて、年寄りは大人しく家ん中で茶でも飲んでな！」
　口はちょっと悪いが、兵役経験のあるバルシュの腕っ節は確かなものだ。
「土嚢積み完了！　次は塀の補強か。ああ、庭の木にも支柱立てた方がいいかもな」
　軽トラの中から資材を見繕い、手際良く作業をこなしていく。
「心配するな、力仕事は任せとけ！　あ、ちゃんと中に必要なもんは揃ってるかい？　ひとっ走り行ってくるぜ！」
　バルシェは補強を終えると、足腰の悪い老夫婦に代わり、買い物へ出掛けていった。
「お、ちょうど俺の行き先と一致してやがるぜ。宮祀青果店に漬物屋『うめ河』か。あー、梅川のじーさんトコ、猫又川の近くだよな。しまった、さっき通ったな……」
　雨が降りしきる中、軽トラは来た道をＵターンする。

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寝子島に台風がやってきた

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