寝子島に台風がやってきた｜リアクション

寝子島に台風がやってきた

「ナナオー！　パーティの水鉄砲の件謝るからさぁー。土産にカップ麺持ってきたよ！　一緒に食べようよ！」
「あら、いいわね。大好きなのよ、カップ麺」
　クールな表情のまま、青紫色の瞳の奥がきらりと輝いた。
「あー、そうだ、ナナオ……」
　桜庭は菜々緒の顔色を伺うように尋ねた。
「んーと、あんまり馴れ馴れしくしないほうがいい？」
　菜々緒は質問の意味を汲み取れない様子で口をぽかんと開けていた。
「ほら、今のナナオって『女王』っていう人格だから、気位高かったりするのかなーなんて」
　桜庭の疑問に、当の菜々緒は笑いを堪えていた。
「やだわ、私たち、友達でしょう？　そんなに身構えなくてもいいわよ」
「あ、やっぱり？　そうだよね！　じゃーこれからもよろしく、ナナオ！」
「ええ、よろしくね、円ちゃん」
　２人は握手を交わすと、自然と笑みが溢れた。
「そういえば、ナナオ。台風の準備って終わってる？」
　今度こそ質問の意味が汲み取れない菜々緒。
　その表情に桜庭は色々と察してしまった。
「まずいよ、窓の補強くらいはやっておこうよ！　台風で窓ガラスが割れることがあるんだから！」
「そうだったの？　ごめんなさい、そういうの、やったことないの……」
　焦る菜々緒の手を掴んだ桜庭。
　持参していた防災フィルムの入った鞄を背負って菜々緒を引っ張る。
「ごめん、みんな！　ちょっと菜々緒の家の補修行ってくるね！」
　そう言うと桜庭は菜々緒を連れ出して外へ飛び出していった。
　――数秒後、桜庭の雄叫びが響き渡り、お茶会メンバーは思わず顔を見合わせたのだった。

　既に昼を迎え、寝子島は暴風域に突入している。
　そんな中、霧生深雪は菜々緒の家の前で絶望していた。
「あいつ、こんな時に何処行ったんだよ……」
　霧生は以前、菜々緒へ自分のピアノ演奏を聴かせると約束していた。
　だが、霧生自身の踏ん切りが付かなかったせいか、ずるずると夏休みも佳境に差し掛かり、しかも台風まで来てしまった。
「ここ数日、菜々緒の気分が沈んでいたようだから、ピアノで元気付けようと思って押しかけたら、このザマかよ……」
　台風通過中なら外出はしないだろうと踏んで出張ったのだが、見事に空振りしてしまった。
「……最悪だ。全身ずぶ濡れだし、もう帰るか……。つーかマジでどこ行った？　心配だな……」
　諦めかけたその時だった。
「……深雪君？　どうしたの、私の部屋の前で？」
「あ、こんにちわー！　うわー、ずぶ濡れだ！？」
　菜々緒と桜庭が戻ってきた。
　濡れた子犬のように震える霧生の姿に、２人は目を丸くしていた。
「お、おう、桜庭。久しぶりだな……。って、菜々緒！　どこ行ってたんだよ！？　心配したじゃねえか！」
　菜々緒の姿を見るなり、声をやや荒げてドカドカと近寄る霧生。
「こんな台風の中、出歩くなんて危ないだろ！？」
「いやー、それ言ったら霧生先輩だってー。なにか用事があったんでしょ？」
　桜庭は苦笑せざるを得ない。
　その指摘に「しまった」と小さく呟く霧生。
「……またやっちまった。俺、なんで菜々緒のことになると地雷ばっか踏んでんだろうな？　って、そうだ、要件！」
　霧生は咳払いひとつすると、仕切りなおして用件を伝える。
「じ、実はさ、俺、すっげー暇でさ！　……だから、菜々緒の絵をみたいな、なんて思ってさ……」
　……ピアノ演奏のことを直接切り出せなかった。
（俺のバカ！　そうじゃねえだろー！？）
　表情に出ないよう、必死に取り繕いながら霧生は苦笑する。
「でも、出掛けていたってことは用事があるんだよな？　……また出直すわ、俺」
「待って、深雪君。ちょうど私の画材一式も運ぼうって円ちゃんと話していたところだったの」
「ボクたち、ナナオの家の窓を補強したあと、月詠ちゃんちで絵を描くんだ！」
　それで霧生は思い出す。
「旅鴉の主催するお茶会は今日だったな。……本当に参加する奴、いたんだ」
「あら、いけないかしら？　私、率先して参加してるのだけど……」
「え、マジか。悪ぃ！　またやっちまった！」
　霧生は肩を落とした。
　そのまま風に吹かれて飛んで行きそうなほど存在が希薄になる。
「深雪君、気にしないで。それより濡れた体を拭かないと風邪引くわ。さぁ、上がって頂戴」
「ボクもおじゃまします！　よーし、補修するぞー！　霧生先輩もはやくはやく！」
「お、おう……」
　女子２人に引っ張られ、霧生はなし崩し的に菜々緒宅のシャワーを借りることになった。

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寝子島に台風がやってきた

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