寝子島に台風がやってきた｜リアクション

寝子島に台風がやってきた

【台風通過中：白亜の女王と魔女のお茶会２】

　お茶会の会場である旅鴉月詠のアトリエ兼自宅。
　海望む丘の一画に建てられた場所に、その『部屋』は存在する。
　雨風吹き荒ぶなか、レインコートに身を包んだ一行は、なんとか会場へ到達できた。
「ようこそ、『魔女の座』へ。地獄を放浪する旅人たちよ、歓迎しよう」
　厳かに言い放つ旅鴉。その格好も濃紫のローブに身を包んで、魔女感満載だ。
　台風のシチュエーションも相まって、来客者たちは思わず気圧されてしまった。
　その様子をみた旅鴉は普段通りの口調に戻した。
「……といっても、私のアトリエ兼自宅なのだが。設定だよ、設定。形から入るのも悪くないだろう？」
「そうね。見事な演出だったわ……」
　菜々緒がしきりに感心していた。
「さぁ、中へ入りたまえ。紅茶とクッキーを用意しよう。揚げたてのコロッケも作らせてある。ああ、今回の経費は私が全て持つよ。だからいくら飲み食いしてもらっても構わない。この台風の中で暇を潰す為の場所だから、大いに語らい合ってほしい」
「つまりコロッケ食べ放題か、よし、食うぞ！　旅鴉、ありがとな！」
　御剣はガッツポーズ。
『あいかわらず　刀くんはくいしんぼうだね』
　筆談しながら、小山内はクスクスと笑った。
「よーし、ボクも負けないぞー！　刀君、勝負だー、ユクゾッ」
　桜庭がダッシュで室内へ駆け込み、そのあとを御剣と小山内が諌めようと追い掛けていった。
　黒依と李も、主催者へ挨拶を行った。
「お邪魔します、旅鴉さん。同じ１年の芸術科同士、どこか出会ったことあるかもしれないけど……」
「気にしなくていいよ。私のことは好きに呼んでくれて構わないから」
「それじゃ、私のこともアリーセでいいわよ、旅鴉さん」
「ああ、よろしく、アリーセ」
　言葉を交わす２人の足元で、李がぴょんぴょん跳ねていた。
「しゃおりーなのだ、よろしくなのだ！　月詠、お茶会ありがとなのだ。菜々緒がとっても喜んでいるのだ」
　菜々緒の笑顔をみて、自分のことのように喜ぶ李。
「友達が嬉しいと、しゃおりーも嬉しいのだ」
「そう言ってもらえると場所を提供した甲斐があるよ。……ここだけの話、芽森はピンポイントで食いつきそうだと予感していた。まさか大勢の連れを従えてくるとは思ってもいなかったが」
「あれ……、迷惑だったのだ？」
　李の眉尻が下がる。だが旅鴉は首を横に振った。
「いいや、良い意味で予想を裏切ってくれたよ。今日１日、退屈せずに済みそうだ」
　ポーカーフェイスのまま旅鴉はクールに言ってのけた。
「あ、そうだったのだ！」
　李はカバンの中から、中身が詰まったタッパーを取り出す。
「これ、うちのばあばが『よかったら食べてね～』って、春巻きと胡麻団子を作ってくれたのだ。どうぞどうぞなのだ。菜々緒ー、菜々緒も一緒に食べるのだー」
　とててててーとタッパを抱えたまま、李は菜々緒のもとへ駆け寄っていった。
　必死にまとわりつくその姿は、どこかハムスターめいて愛くるしい。
「李さんは本当、芽森先輩が大好きなのね」
　親しい友人が笑う姿に、黒依も穏やかな表情を浮かべる。
「私もおみやげを持ってきたんです。芽森先輩用に、と思って用意したので、こういう展開は予想してなかったけど」
「ほう、これは……？」
　旅鴉は真空パックの中身に入った、紫の物体をしげしげと観察する。
「花を乾燥させたものかな？」
「ええ、そうよ。ハーブティーの一種で、ブルーマロウっていうの」
　黒依はスマホで素早く画像を検索して旅鴉へ見せた。
「ほら、こんな感じで青いお茶なの。でも時間が経つにつれて赤色へ変化していくのが特徴よ」
「あら、マロウ茶じゃない。見た目が綺麗よね」
　いつの間にかやってきた菜々緒は、ブルーマロウに興味津々。
「喉にいいのよ、このお茶。飲みやすいし」
　黒依は相槌を打ちながらこれに続く。
「ええ、飲みやすいですし、油絵の具の溶剤で喉の粘膜を痛めた時もオススメです」
「あら、気遣って頂けるなんて嬉しい」
　菜々緒がはにかんだ。
　黒依は袋から乾燥マロウの袋を数袋見せて微笑む。
「お土産として幾つか買ってきました。小麗さんの胡麻団子とも合うはずですよ。早速入れますね」
　黒依がキッチンへ向かおうとすると、旅鴉がそれを静止する。
　自分の専属メイドにやらせるというと、彼女はメイドにマロウの花を手渡して振舞うように伝えた。
「アリーセ、私も飲んでみたいのだがいいかな？」
「安心して、旅鴉さん。最初からみんなに振舞うつもりよ」
　黒依はメイドたちに煎れる際のコツを伝えながら、参加者たちにマロウ茶を振舞う。

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寝子島に台風がやってきた

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