寝子島に台風がやってきた｜リアクション

寝子島に台風がやってきた

【台風直撃中：篭る人々と帰る人】

　橘は結局、バルシュと買い物を済ませることになり、軽トラの機動力のおかげでかなりの時間短縮を実現させた。
「まずは飯だな。しかし飯時に直撃とは……」
　彼は昼食の用意を始める。
「炊きたての飯の匂いは、俺の心のオアシスだ」
　仏壇に白米を供えたあと、ようやく飯にありつく。
「いただきます」
　両手を合わせてお辞儀をする。
　一人飯だろうが、それは神聖な儀式めいた習慣なのだ。
「白米を食べると、俺は日本人である事を再認識する……」
　一人飯中の独白は、第三者が聞くとシュールである。
　食事を終えると、橘は天井のシミの数を数える。
「３つか」
　シミの下に木桶を置く。
「雨漏りを用心しておいて正解だったな」
　用意周到さをアピールする橘だが、この部屋には自分しかいなかった。
「課題も終わっているし、筋トレをするか。幸い今日はバイト先からの呼び出しは無さそうだ、今日は限界に挑戦してみるか」
　一人暮らしだから、誰も見ていないのは利点だ。
　自分の筋肉の発育を見るため、彼は上半身を脱ぎ、鏡の前で確認する。
「今日は右側を少し多めにするか」
　こうして、橘の密かな肉体改造は着々と進んでいく。

　北条冬華も用事を済ませ、自宅で食事を取っていた。
「こういう機会ですし、非常食の中で賞味期限が一番古いものから食べてみましょう」
　新しいものも買ったし、消費できるときにしておかないと、というのが彼女の弁。
　お湯を沸かしたあと、非常食のアルファ化米に注ぐ。
　日付の近い大和煮の缶詰も開けることにした。
　缶詰はお湯で湯煎することで、中身も温めることができる。
「いただきます」
　食べ物への感謝をこういう時こそ忘れてはいけないのだ。
「……お米は思ったより美味しいですわ。大和煮も美味しいですね」
　思っていた以上の味の良さに、食が進む北条。
　だが、１つだけ不安があった。
「でも連続で食べると飽きそう……。本当の災害時は物資が不足して、食事の選択肢はなくなりますから、非常食は改善の余地がありそうですね……」
　ごちそうさまでした。

　神助天佑は買い物に手間取ってしまった。
　台風到着し、グチャグチャになりながら家路を急ぐ。
　川が増水し、勢いを増している。
　その勢いに圧倒されていた彼は、どこからか聞こえてくる仔猫の鳴き声に気が付いた。
「あ、あれは！」
　神助は目を疑った。
　なんと、橋の下に引っ掛かった漂流物の上に、午前中に出会った白い仔猫が乗っていた！
（どうしてそんな状況なんですか、あの猫ぉぉぉぉ！？）
　心の中で絶叫する神助。
　ふとした拍子に漂流物が押し流されれば、仔猫の命は危うい！
「やむを得ません。命が掛かっていますから！」
　彼は風で薙ぎ倒されたくずかごの中から、スチール缶を選び取る。
　そして購入した縄で缶を括りつける。
「このチカラ……、使うなら今！」
　神助は右目を抑えながら、仔猫をじっと凝視しだした。
　これが彼のろっこん『磁気眼』のトリガーなのだ。
「この力を使うと、『組織』に勘付かれてしまいますが、緊急事態です……！」
　厨二病設定を全開に押し出しながら、子猫へ向けて缶を放り投げた。
「仔猫よ！　我が呪縛を受け入れよ！」
　缶は真っ直ぐに仔猫へ向かうと、吸い寄せられるように密着した。
　彼のろっこんは『開いている目が右ならＮ極のみ左ならＳ極のみの強い磁力を、凝視した一点に発生させる』ことができる。
　すなわち、白い仔猫は今、生体磁石として缶を引き寄せて離さない！
　神助が縄を引いても缶と猫は引き離されることはなく、そのまま仔猫はブラブラと手繰り寄せられていく。
　そして無事救出成功！
「この力は命を救える……。君、台風が過ぎてから一緒に親猫を探しましょう。それまでウチで避難していなさい」
　ずぶ濡れになった神助の心には、澄み渡るほどの青空が広がっていた。