寝子島に台風がやってきた｜リアクション

寝子島に台風がやってきた

【台風直撃中：動物たちと一緒】

　ジェレミア・ベルトーニは院内で台風を過ごしていた。
　テレビ中継で台風リポートの様子を見て、彼は愕然としていた。
「日本人のチャレンジ精神は時に行き過ぎではないのだろうか。これがサムライドーかな？」
　日本ではよく見られる光景でも、地中海出身のジェレミアにとっては驚嘆すべき所業だ。
「建物の中に居ると外の様子もあまり判らないけれど、風の強さは凄いね。預かっている患畜さん達は人間より気圧の変化や音に敏感だから、こちらも気を配らないとだね」
　彼は患畜たちに「大丈夫だよ」と声を掛けて勇気付けていく。
　言葉は通じなくても、気持ちが通じると信じているからだ。
「外はもっと酷くなるのかな？　それにしても色々と飛んできてるね……」
　窓から外の様子を眺めるジェレミア。
　飛来物でさえ、彼の興味対象の１つだ。
「空き缶、くずかご、うわ、看板かな？　危ないね」
　その時、院内の電話がけたたましく鳴り出した。
「はい、こちらオレンジ動物病院……。今から、ですか？　はい……、分かりました」
　受話器を置くと、治療道具をビニール袋に入れるジェレミア。
「急患が入りました。場所は……この近くのオークレイ牧場です！」

　バニー・オークレイは雨と風が強くなったため、近くの飼料小屋へ避難することにした。
　備え付けの内線は幸い使える。母屋に自身の安否を伝えると、外が落ち着くまで待機することになった。
「シルバー、中に入りましょう」
　愛馬を中に入れると、彼女たちは寄り添ってじっと動かないようにした。
　だが、雨と風は容赦なく飼料小屋を襲う。
　壁の一部が剥がれそうになっているのをバニーは発見する。
「大変。でもリペア出来ないわ。このままじゃ、ここが水浸しよ」
　バニーは決意する。
「縄を投げて、壁を引っ張るわ。そうするしかないもの」
　器用に壁の凹凸に縄を引っ掛け、力の限り縄を引っ張る。
「必ずタイフーンは収まるわ。バニー、あなたなら出来るわ」
　自分を励ましながら、数時間その場で縄を引き続けるバニー。
　いつしか手の皮が擦り剥け、激痛が走る。
　それでも牧場を守るため、彼女は絶対に手を放そうとしなかった。
　だが、それも限界が近付いてくる。
　ドアがガタガタ鳴り響く。
「なに？　なんの音？　もうダメなの？　ああ、神様……！」
　力尽きようとしたその時だった。
「バニーさん！」
　扉を蹴破った赤毛の青年がバニーの体を受け止めた。
　そして間一髪のところでロープを掴んだ。
「貴女のお父さんと一緒に来ました。帰りが遅いからトラブルがあったのではと心配してたのです」
「パパ……！」
　赤毛の青年ジェレミアは、飛来物で怪我した牛の治療をしたのち、バニー捜索の手伝いをしていたのだ。
　ジェレミアの背後に笑顔を湛えるバニーの父親が、彼女を抱きしめる。
「私はジェレミアと申します。星ヶ丘でオレンジ動物病院を開院しています」
「ヴェティリネァリィ（獣医）なのね。バニーよ。よろしくね」
　安心したのか、バニーの目に涙が溢れる。
「泣いてなんかないわ……！　バニーは強い女の子よ。でも、手がちょっと痛いわ。縄をお願い、パパ」
　血の付いた縄を父親が引っ張ると、バニーは気丈に笑顔を振舞った。
「うふふ、バニーにおまかせ！」
　彼女のウィンクはチャーミングだった。