みんなの秘密基地｜リアクション

みんなの秘密基地

　白い砂浜は左右に広い。青い海は果てなく遠い。見上げる空はとにかく大きい。
　圧倒的な大自然を前にして冴来は立ち尽くした。
「ここは天国、なんてことはないよね。私が天国なんて――」
　青い瞳が睫毛で陰る。冴来は海に向かって静かな一歩を踏み出した。途中でパンプスを脱いで指に引っ掛け、素足で歩いた。
　波打ち際まで来ると、両足を投げ出すようにして座った。砂が付着した足を穏やかな海が洗い落とす。
　波が引いた砂地に冴来は人差し指を伸ばした。
『ごめんなさい』
　書いた一言は波に消された。僅かな痕跡も残さない。懲りずに指を動かす。
『私が手に掛けてしまった人達に』
　書いている最中に波が文字を掻き消した。
『お父さんと呼びたかった』
　波は文字を攫う。
『お母さんと呼びたかった』
　淡々と波が消していく。
　冴来は足を揃えて折り曲げた。両腕で抱え込むと膝の上に額を乗せる。そして祈るように瞼を閉じた。
　繰り返す波の音で引き結んだ唇が丸みを帯びてきた。子守唄に耳を傾ける子供のようであった。
　冴来は顔を上げた。
「……沈んでばかりだと溺れるよね」
　自分に言い含めて立ち上がると、その場で回ってスカートの砂を払い落とした。
　パンプスを砂浜に残し、冴来は海を横目に歩き出した。寄せる波は軽く蹴とばした。散り散りになる海水の中に赤や青の色が混ざる。
　冴来は赤い粒を摘まみ上げた。滑らかな楕円形でうっすらと透けて見える。
「シーグラスみたい。他にもあるのかな」
　足元の近くに目を向けると、同様の粒が波と戯れていた。冴来は見つけた粒を拾い集めていく。花弁に似た貝殻は壊れないように重ねて手の中に包み込んだ。
　両手から零れるくらいに集めて冴来はパンプスを置いた場所に戻ってきた。
　ふわりと砂地に座ると、収穫した物を摘まんで青い空に掲げる。
「あなたは赤いからルビーね。君はサファイアの青だね。黄色はシトリンかな」
　冴来は微笑みを浮かべて語り掛ける。少し時間が巻き戻ったかのようにあどけない表情を見せた。
　一人遊びに興じる子供となって波打ち際に砂の城を作った。城壁の部分には拾い集めた物を嵌め込んだ。お姫様役にはパンプスの下に隠れていた小さな蟹を起用した。完成した城の上にちょこんと乗せる。
　波は城壁を徐々に削り、城は崩壊の一途を辿る。冴来は身じろぎもしない蟹の代わりに声で熱演した。
「王子様、早くいらして。海の魔法が解ける前に、砂のお城が崩れる前に――」
　願いは虚しく、城は波に削られて半壊した。小さな蟹は波に翻弄されて見えなくなった。
「お姫様の願いは叶いませんでした。砂のお城が崩れた時、お姫様は海に攫われてしまいました。今度は人魚姫となって王子様を探しにいくのでした」
　最後のナレーションまで務めた冴来が立ち上がる。海に向かってスカートの裾を摘まんでお辞儀をした。
「夜空は見たいけど、帰れなくなると困るし」
　冴来は僅かな穴の差を見て取った。パンプスを穿いてしっかりとした足取りで引き返す。
　穴に入る間際、海の方に振り返った。
「明日の朝も、見れるといいな」
　冴来は微笑んで大自然に向かって手を振った。

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