マンハントのお時間です。｜リアクション

マンハントのお時間です。

　――とんとんとん。

　窓を強めにノックする音にリーダーは気だるげに顔を上げた。
　外から誰かが話しかけているようだが、窓を閉め切った車内からではよく聞こえない。
　窓を開けようとパワーウインドウのスイッチを入れ、リーダーは気づく。いくら押しても窓が開かない。
「なんだ、故障かよ……」
　いつの間にやらかいた汗を乱暴に拭い、リーダーは確認もせずにドアを開けた。それは成功の報に浮かれており、何より蒸し暑さに思考力が低下していたせいもあっただろう。
　車のドアの前にはにっこりと人好きのする笑顔を浮かべた筋肉質の大男――蛇那伊が立っていた。
「すいませ～ん、とあるラーメン屋からちょっとした電話を受けたとお聞きしたのですが、お電話されたのは貴方でしょうか？」

　ばんっ！！

　リーダーは即ドアを閉めた。
　その行動は思い切り間違いだった。しらを切って蛇那伊の手をどうにか潜り抜けダッシュで逃げればまだ助かるワンチャンがあったのかもしれない。しかしリーダーにそれがわかるはずもない。
　混乱したままリーダーは必死にアクセルを踏む。がんがんと何度も踏みつける。しかし車が動き出すことはなかった。

　ドアをノックする手を唖然と止めたまま、蛇那伊は困ったように呟いた。
「……引き篭もっちゃったわね」
「車の電子機器壊れてるから、このまま引き篭もられると熱中症になるかもよぉ？」
　由貴奈の指摘に蛇那伊の顔色が変わる。世話好きの彼としては、そんな重病人になるかもしれない人を放ってはおけなかった。
「あら大変じゃない！　ちょっと、開けなさい！　危ないから早く！」
　ガチャガチャとドアハンドルを引くが、ドアはしっかりロックされていた。ここまでくれば篭城である。
「ねえ、この人との連絡手段ってないのかしら？」
　蛇那伊の質問に由貴奈は困ったように頬を掻く。
　リーダーへの連絡手段は確かにあった。ついさっきまで、の話だが。
「……あったとは、思うよぉ？　でももう車と一緒に壊れちゃってるねぇ……？」
　パリオリィ・モーメントの力は電子機器に対し絶大である。
「……お手上げよね？」
　しかし由貴奈は頭を振って、蛇那伊へ怪しげな笑みを浮かべる。
「大丈夫よぉ。警察は呼んであるんだし……、いっそこの車ごとレッカー車で持ってってもらえばいいじゃない」
「よし、あたし出られないようにドア押さえておくわ」
　蛇那伊ががっちりとドアを押さえれば、中に引き篭もったはずのリーダーが慌ててばんばんドアを叩いてくる。助手席のドアから出ればいいのだろうが、混乱していてそれすらも思いつかないようだった。仮に移動しても即追いつくが。
　そして不毛な時間が過ぎること五分。
「……ドアを叩く音、だんだん弱々しくなってきたねぇ」
「スモークフィルム越しだと車の中がよく見えないのよね。心配だけど、本当にこれどうすればいいのかしら」
　二人が困り果てていたその時、駐車場に応援がやってきた。先頭を駆ける林檎に蛇那伊は声を上げる。
「林檎ちゃん！　中にオレオレ詐欺犯のリーダーがいるんだけど、引き篭もって出でこなくて……熱中症になってるかもしれないの！」
「熱中症！？」
　林檎は顔色を変え『大変！　助けなきゃっ！』と小さく呟き、車に接近するなりその小さな右手を振りかぶった。

　ごしゃっ。

　鈍く重い音が響き、運転席側の窓が破られる。
　邪魔な窓ガラスとそれに張り付くスモークフィルムを除け、車の中を覗き込んでみれば――リーダーの青年が意識を朦朧とさせたままぐったりとハンドルの上に突っ伏していた。

このページにイラストを設定する