マンハントのお時間です。｜リアクション

マンハントのお時間です。

　尾鎌蛇那伊は考える。頭脳労働は専門外だが、推理は不得意ではない。
　手掛かりとなるのは正午前の電話だろう。エンジン音とねこじまタクシーの観光放送から導き出されるのは、そのタクシーの近くに犯人達の車があったということ。
　そもそもタクシーは長い間路肩になどは停まらない。不自然なく停まるのはタクシー乗り場だ。恐らくタクシーの運転手は犯人の車を目撃している。
　その考えに至ったのは由貴奈も同じだった。
　蛇那伊と由貴奈は駅構内のタクシー乗り場に向かい、客待ちをしていた一台のねこじまタクシーの運転手へ声をかける。
「ねぇ、運転手さん。この辺りで変な車見なかった？」
「変な車？　……それって、県外ナンバーの観光客かい？」
　由貴奈が声をかけたのは、ねこじまタクシーの運転手の朝山だった。彼は覚えがあるのか困ったような顔をする。
「昼にも寝子島駅で見たんだよ。スモークフィルムを貼ったグレーのワンボックスカー。全然車から出でこないし、変な観光客だと思ってたんだ」
「どうして観光客ってわかるの？」
「こう言ったらなんだけどマナーも悪かったしね。マナーひとつでもわかるもんだよ？　どの県の連中かってくらいは」
　自信たっぷりに言う朝山に由貴奈は礼を言う。
「運転手さん、ありがとうねぇ」
「感謝するわ」
　そう言って犯人の車を探そうとした二人の携帯に、絶妙のタイミングで修からの連絡が入った。それには犯人の車がある位置が書かれてある。
「……近くの駐車場だねぇ」
「急ぎましょう。逃げられちゃうわ！」
　二人はそう言って走り出した。目指すは東の駐車場である。

■　　□　　■

　まばらに車が停まる駐車場。エンジン音をずっと鳴らしているスモークフィルムを貼ったグレーのワンボックスカーは、一番端に停まっていた。好都合なことにその周囲に停車している車はない。
「県外ナンバーのグレーのワンボックスカー……、あれだねぇ。あんなに薄汚れてるのにナンバープレートだけ綺麗だなんて、おかしいったらありゃしない」
「スモークフィルムも貼ってるし、あの車で間違いないわ。恐らくナンバープレートは犯行の度に付け替えしてたんでしょうね。一応悪知恵は回るみたい」
　同意と由貴奈は頷く。
「それじゃ、うちは足を奪うことにするよぉ。逃げ出したらお任せしていいかい？」
　エンジン音が鳴っている以上、運転席には誰かがいる。車を捨てて逃げられる可能性もあるのだ。
「任せて。体力勝負は得意なの」
　蛇那伊の快い返事。由貴奈のスマートフォンに修からのメールが入ったのはその時だ。
　受け子と掛け子を捕まえた彼らは、リーダー宛てにオレオレ詐欺の成功の報を入れさせたらしい。
　ならば油断している今がチャンス。由貴奈と蛇那伊は頷きあうとすぐ行動を開始した。
　二人はグレーのワンボックスカーの死角を移動しつつ接近。そして車まで後十メートルといったところで由貴奈は足を止めた。
「ちょっとこれここで預かっててねぇ？」
　ろっこんを使用するため、由貴奈はスマートフォンを蛇那伊に預ける。何せこのスマートフォンは八万円もしたのだ。高校生には高価な代物、自分のろっこんに巻き込んで壊したくはない。
　小さく頷き距離を取る蛇那伊の姿を確認してから、由貴奈はサイドポーチからクッキーを三枚取り出した。それは由貴奈の手作りで、プレーン、ココア、ナッツの三種類。
　ゆったりとした足取りでワンボックスカーに近づくと、由貴奈はぱくりとクッキーを食べた。プレーン、ココア、ナッツ。三枚とも食べきれば、由貴奈のろっこんは発動する。
　パリオリィ・モーメント。
　無差別に発生した電磁パルスは縦横無尽に暴れ回り、一拍の間をおいてからグレーのワンボックスカーを直撃した。
　どるん、と大きくな音がして車が小さく揺れる。
　それを合図にエンジン音がゆるゆると止まっていく。強力な電磁パルスに車の電子回路が蹂躙され、どれも全て焼き切れたのだ。無論、中にいる者の携帯電話もご臨終だろう。
「さぁて、これで逃げられないねぇ」
　くすりと由貴奈は笑い、蛇那伊の元へ戻ると預けていたスマートフォンを受け取る。
「ありがとうねぇ」
「いいえ、たいしたことはしてないわ。それじゃ次は私のお仕事ね」
　鼻歌交じりにグレーのワンボックスカーへ近づく蛇那伊の背中を見送って、由貴奈はスマートフォンを操作しメール画面を呼び出した。
「リーダーを見つけたこと、おじいさん達にも知らせてあげなくっちゃねぇ」
　そう言う由貴奈は艶やかな笑みを浮かべていた。

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マンハントのお時間です。

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