あなたの縁、結びます｜リアクション

あなたの縁、結びます

・碓氷真理の場合

「今日も地蔵菩薩様に新たな縁ができて何よりです」
　今さっき、自らの手で拭き清めた地蔵を見つめながら、碓氷真理はそんな祝いの言葉を述べた。
「今後とも、さらにあなた様のお力に触れ、あなた様を敬う者が増えることを願っています」
　それは、本心からの願いだった。それでもあの頃とはかけ離れた今の地蔵の姿に、ほっとしてもいた。
　今日も、地蔵の前には真理が供えた花以外にも、別の花や感謝の手紙が置かれている。
　それだけではなく、地蔵の頭には笠もかぶせられていた。誰かが強い日差しを憂いて持ってきたものなのだろう。
　よかった、と素直に思う。この地蔵を敬う人間は、順調に増えているようだ。
　真理がこの地蔵を見つけたのは、九夜山にある廃神社に住み始めた頃だった。
　あの頃は、お供え物など見かけることはなかった。ごくたまに粗末な花が置かれているくらいで、地蔵の体も汚れていることが多かった。
　そんな姿を見ているうち、どうにかしたいと思いが強くなった。だから、心の中で尋ねてみた。何か力になれないか、と。
　そうするとかすかに、地蔵から伝わってくる思いがあった。その思いはひどくぼんやりとしか伝わってこなかったから、言葉にするのは難しい。でも強引に言葉にすれば、『自分は不幸ではないが、多くの人間がお参りに来てくれていた昔が懐かしくもある』という、そういう類のものだった。
　それを知って真理は、せめて自分一人でもと思い、地蔵の体を拭き清め、供え物をすることを始めた。そして毎日毎日、それを繰り返した。
　そうしているうち再び、地蔵から別の思いが伝わってきた。それはやはりぼんやりとしていて、うつろにしか伝わってこなくて。それでもまた強引に言葉にするのなら。

『今は山の事故も少なくなり、自分の力も不要になった。しかし自分には縁を結ぶこともできる。なんとか、この力を人々の役に立たせられないだろうか』
　
　はっきりそう聞こえたわけじゃない。でも地蔵はたしかに、再び人々の役に立ちたいと願っているようだった。
　しかしその思いを知っても、真理にはなかなかいい案が浮かばなかった。でも悩んでいると、自分の守護霊であるすでに亡くなった姉の千佳が助言をくれた。

『私たちがお地蔵様のために、人々にご利益を伝えましょう』

　正直、気乗りはしなかった。何が悲しくて生者にこちらから積極的に関わらなければならないのか。
　それでも悪い考えではないと思ったので、気持ちを抑え、生者の中でもまだまともな純粋そうな子供や信心深い者を選び、地蔵のご利益を伝えた。千佳のアドバイスで『感謝の手紙も書いてあげればご利益が続く』という言葉も忘れずに。
　その甲斐あってか、地蔵への参拝客は以前とは見違えるほどに増えていた。本当に、よかったと思う。
「それでは、また明日も来ます」
　人が多く参るようになっても、真理は地蔵のお浄めをやめるつもりはなかった。ここへ来るのは、すでに日課になってしまっている。
「さてと……帰るよ、千佳姉」
　真理は、自分の背後にいる（浮かぶ）姉へと声をかけた。でも、答えが返ってくる前に。
「あれ、先客かな？」
　別の方向から、違う声が聞こえてきた。

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