ウォータースライディングそうめん＋＋｜リアクション

ウォータースライディングそうめん＋＋

◯どきどきわっしょい！

『今時間空いてるか？　天宵川、不思議な事になってる。来ないか？』
　ぶっきらぼうなメールになったな。月居歩自身、そう思うが仕方ない。目の前の不思議な光景を見て、ふと、芽森菜々緒の顔が浮かんだのだから。
　普段見ない光景なら、見せるのも悪くないな……なんて、そう思ってしまったことに我ながら驚きを隠せない。そしてすぐに返事はきた。
『ごきげんよう、歩君。天宵川ならちょうどクロに誘われて向かっているところよ』
　吉祥寺黒子と向かっている。そう告げられて、なんとなくホッとしたような――寂しいような気持ちが胸の中に広がっていく。おこがましいかもしれないが、菜々緒には楽しい思いをいっぱいして欲しい。だから黒子と一緒なら、安心だ。安心だが。
（だが、なんだって言うんだ）
　モヤモヤとした気持ちを抱えていると、また菜々緒からメールが届いた。
『月居君、今のどのあたりにいる？　クロったら「天宵川に濡れてもいい格好で！」言うだけ言って電話を切っちゃったの』
　その文面を見てすぐに、歩は返信していた。
『……今、寮の方向かってる』
　やはり、気の利いたメールを打つのは難しい。

「害がないなら楽しもうと思うんですよ。こんな大規模な流し素麺はなかなか体験できませんしね」
　そう言いながら天宵川に向かうのは八神修。
「それはたしかにその通りだ。それに君は新聞部だからね」
　その隣にいるのは黒崎俊介。寝子高の若き教頭であり、新聞部の顧問だ。課外活動を認めてもらうためと、まっとうに口説き落とした結果、黒崎も天宵川のほとりにいた。彼らが座るのはお洒落な折りたたみ式のテーブルと椅子のセット。そのテーブルの上には八神家の料理人が腕によりをかけて作ったダシ。干椎茸や玉ねぎをふんだんに使った自然な甘みを楽しめる逸品だ。薬味はネギとショウガと潰し梅干。もちろん、これも付き添っている料理人がその場で刻み、摩り下ろし、潰す。器はガラス製の……いやギヤマンと言った方が似合う涼やかで品の良い物。箸は蛤製だ。
　即席で準備したとは思えない、彼らのセット。まるで高級料亭でそうめんで食べているよう。
　しかしふたりともそのセットに負けることがない優雅な箸さばきでそうめんを頬張っていた。
　後木真央はそのふたりを見て――
「……先生と修ちゃんのこの状況も十分ＮＭＲにできるのだ」
　そしてパシャリとシャッターを切る。

　配達帰り。宮祀智瑜が自転車を下りて川の中を覗いてみると、やはりそこに流れているのはそうめんだった。
（もしかして上流でそうめん流ししてたら桶に入らずに川に落ちてるんでしょうか？）
　この星ヶ丘であればそんな酔狂な……もとい風流なことも、あるかもしれない。
（教えてあげなくちゃ！）
　そう思い智瑜は上流を目指すが――そこでは大勢の人が思い思いにそうめんを食べているではないか。
　屋台のようなところで薬味を配る人も居て、ちょっとしたお祭り状態である。
（でもそうめんを流している人は見当たらないような……）
　上流へ行ってたしかめて来よう。それから麺つゆを取ってきて――
　そこまで考えたところで、
「あなたもいかがデスカー？」
　深縹露草に麺つゆを手渡された。
「ありがとうございます」
　ここで断ることは智瑜はできない。
　だって食べ物を粗末にしてはいけないと教わってますから。

このページにイラストを設定する