ゆら、ゆらり、と海の月｜リアクション

ゆら、ゆらり、と海の月

◯静謐にひそむ

　ぴた、ぴたと響いているのはどこかから滲みでている水の音。その音色の規則正しさと同じように、志波武道が訪れた洞窟の景色は歩いても歩いても変わらなかった。
（不思議なことが起きた、もしくは起きそうって場所を回ってたんだけど、）
「……なにも変わったことはないな」
　ちょうど武道が思っていたことを楪櫻は代弁してくれた。彼女は、さすがに洞窟にひとりで行くのは不安だからと武道が誘ったのだが、取り越し苦労だったらしい。
「ホント、ソウダヨネ」
　片言で退屈を紛らわそうとするが、櫻は武道を一瞥さえしてくれない。ちぇっと心の中で思いながら腕時計に目をやると、いつの間にか、日が沈む時間がすぐそこまで迫っていた。
「大分時間掛かったな……日没近いし急いで帰ろうか」
　収穫なし。肩を落として踵を返すと――
「って、櫻ちゃん！？」
　隣の櫻が急にふらつき、潮だまりに脚をすべらせる。
「だいじょうぶ？　もしかして、ちょっと疲れちゃった？」
　努めて明るく声をかけるが、返事はない。それどころか掴んだ腕に力はなく、脚も萎えたように震えている。
「まさか熱中症？」
　武道の声色に真剣さが交じる。言いながら武道は櫻の腰を抱き、身体を支える。そうしなければ、すぐにでも潮だまりの中に倒れこんでしまいそうだったから。俺のせいで。わずかのうちに自責の念がこみ上げてきた。
「熱中症ではないだろう。私の足を見ろ」
　けれど櫻はいつも通り涼し気な声――わずかに震えている――で武道に言う。武道は恐る恐る彼女の脚に視線を移した。怪我だろうか。だとしたらねんざだろうか、擦りむいたのだろうか。
「って、光ってる！？」
　そんな武道の推定はすべて外れていた。櫻の白い靭やかな脚は、ほのかに、しかしたしかに輝いていた。
「恐らくまた神魂か何かの影響だろう。いつもの事だ、すぐに治る」
　至極冷静に櫻は言い放つ。
「あー……神魂か」
　そう言われて納得だ。櫻はすらりと細長い肢体の持ち主だが、ちょっとやそっとで倒れるような肉体も精神も持ち合わせていないことは、武道も知っている。……人に頼ることを好まないことを知っている。
「よりによってこのタイミング……」
　ため息混じりで呟いてからハッとして櫻を見た。
「あ、櫻ちゃんが悪いんじゃないから！　おのれろっこんー！」
　櫻の表情はいつもと変わらないが、武道は慌ててシュッ、シュッと、手裏剣を投げるような仕草をしてみせる。
「わかっている」
　やはり櫻の顔は変わらなかった。涼し気な瞳も。その下の泣きぼくろも。
「……すまない」
　その表情のまま（けして無表情というわけではない）、櫻はそんな言葉を口にした。
「なに言ってるの櫻ちゃん！？　謝るのってどちらかというと俺じゃん！　こんなことに誘ってメンゴメンゴ☆　ってさ」
　武道はそうして笑い飛ばそうとするが――
「すまない」
　どうやら櫻はそれを良しとはしないようだ。