ゆら、ゆらり、と海の月｜リアクション

ゆら、ゆらり、と海の月

◯星乙女の座る公園で

　水辺に座り込んだ彼女の足元には、星空が広がっている。まるで彼女は、星空を見守るように水辺の中央に腰掛け、その足元は新たな星を生み出すようにぼんやりとた仄明かりを放っている。
「だ、大丈夫ー？」
　千鳥雅人は一瞬その光景に息を呑んでから、彼女に声をかける。雅人が近づいても、動けずに座り込んだままの彼女は――
「あ、雅人君。おばんでした？」
　意外なほど、落ち着いていた。
「って、え、み、澄佳先輩！？」
　そして澪乃澄佳だった。澄佳は唇と目でゆるやかな弧を描いて、雅人を見上げる。
「ええとね、おばあちゃんの家からの帰りなんだけどなんだか動けなくて……よければ、助けてほしいな？」
　なんでもない風にけれど幸せそうに微笑む姿を見ていると、雅人の中の緊張が一気にほどけていくような気がした。
「も、もちろんですよー！　肩、どうぞー！」
　ああ、でもダメ！　僕が助けないと！
　そう必死に言い聞かせて、雅人は澄佳の側にしゃがみ込む。澄佳の柔らかな腕を自身の首に回して、そのまま立ち上がろうとする。が、どうしても澄佳は脚に力を込めることができないらしい。
「ぅ、」
　仕方がない、ということで雅人は澄佳を背負うために、澄佳の分も足に力を込めた。ぐぬぬぬ、ぬぬぬ。脚に力を入れているだけなのに腹筋がたまらなく痛い。あらゆるところから汗が吹き出す。
「ぐぅうううう」
　マシュマロのような感触とひと肌以上の温もり背中に広がる。そこは、他のどこよりも汗をかいた。澄佳が濡れているのがちょうどいいくらい。
「ありがとうねえ」
　澄佳の声を聞くと達成感が胸の中に広がり、疲労感は薄れていく。
「びょ、病院とか、行ったほうがいいんじゃないですか？　とりあえず救急車とか……あ、でも携帯持ってないし……あうあう」
「うーん、外じゃないなら、あのまま寝ちゃいたいくらいだったからなあ」
「澄佳先輩……寝ちゃいたいくらいって……」
「ベッドでもきっとぐっすり寝ちゃえそう」
　ふふ、と微笑む姿はいつものほわほわした澄佳そのもの。
（少しパニックになっちゃったけど、）
　澄佳の方がよほど冷静だ。本当は不安でいっぱいのはずなのに……
（僕が、助けないとー！）
　信頼してくれてるんだから、その気持ちに応えないと。
「せ、先輩！　ベッドまで、送ってきますから、それまで、頑張ってくださいね」
「ありがとうねえ」
　そんなお礼の言葉を応援にして、雅人は一歩踏み出した。一歩、一歩。進むうちに、少しずつペースができてくる。
「今日は暑かったですねー」
「んだーあたしなんて思わず水の中入っちゃったよう」
「それであんなところに座り込んでたんですねー」
「ほんとにありがとうねえ」
「任せて下さい、こう見えても俺、力持ちだから！」
　そんな強がりを言えるくらい、歩き始めてしまえば気持ちに余裕が出てくる。
「ところで、なして雅人君はパジャマだべ？」
「……あ、お、俺の格好はあんまり気にしないでっ！」
　けれどあまり格好はつかない雅人だった。