あ　そ　ぼ　？｜リアクション

あ　そ　ぼ　？

【起：五里霧中】

　呉井陽太が最初に洋館へ転送された先は、貴賓室。
「桜花寮の食堂……じゃないねぃ、ここはー」
　夕食を食べようと食堂の扉を開けた先がここだったのだ。
　振り返ると、扉に『Ａ』と書かれていた。
「つまりー、他にも似たような部屋があるってことだねぃ？」
　この怪異から脱出するための手掛かりがないか、まずは呉井は部屋の物色を始めた。
「んー？　これは館内の案内図だねぃ。ふむふむ、ここは３階なのかー。おー？　遊戯室なんてあるよぅ？」
　いち早く彼は位置情報を入手できた。
　筆記用具とメモ用紙も手に入れ、まずは遊戯室へ向かうことにした。

　黒依アリーセは散歩中に見付けた喫茶店に入ったつもりだった。
　だが、扉を抜けた先は、廃墟の貴賓室だった。

「……珈琲の香りに導かれたはずなのに、なぜこんな部屋にいるのかしら？」
　また怪異に巻き込まれた、と思い至るに時間は掛からなかった。
「落ち着いて。まずは状況を調査よ」
　扉に書かれたＢの文字。
　寂れているとはいえ、内装はホテルのスイートルームのようである。
「ゲストが寝泊まりできる部屋のようね……。それにしても、暗くて寂しい場所だわ……」
　唯一の照明器具、カンテラを掲げて部屋の中を捜索する黒依。
　だが、ここには状況を特定できるようなめぼしいアイテムは存在しなかった。
　落胆する彼女がおもむろに、部屋の奥の壁を照らしてみた。
　そこに描かれていた真紅の文字に、黒依は唇をかすかに震わせて後ずさりしてしまう。
「ミナゴロシって……、どういうことなの？」
　壁の赤は、血の匂いがした。文字から血の雫が滴り落ちる。
　窓から差し込む外の僅かな光が文字を照らして反射させる。今、まさにここで文字を書いたばかりにも思えるような、乾ききっていない光沢感。
　黒依はおぞましく思い、部屋を後にしようと振り返った。
　カンテラを前に向ける。
　照らされた先に、２本足で立つ猫の影が、向かいの壁に長く伸びていく。
　両手の包丁が、黒依に向けられた。

　――おねぇちゃん、ハンバーグは、すき？

　黒依は割れんばかりに甲高い悲鳴を上げると、飛び掛ってくる猫の包丁を枕で凌いだ。
　本当は投げ付けようとしたが、闇に紛れて近寄る相手の方が素早かったのだ。
「ぬいぐるみっ？　でも声は女の子？　いやっ、来ないでっ！」
　猫は両手の包丁を逆手に持って、枕をメッタ刺しをしはじめた。
　飛び散る羽毛で両者の視界が遮られる。
　逃げるチャンスであるが、今、黒依が枕を手放せば、包丁を遮るものがなくなって自身の身が危ない。
　この時、黒依はドアのＢの文字を思い返した。
（もしかして隣にも部屋があって、私のように迷い込んだ人がいるかも！？）
　黒依は枕を振り回しながら、大声で叫び始めた。
「助けて！　両手に包丁を持った猫のぬいぐるみに襲われてるわ！　大きさは40cmくらいよ！　きゃあ！」
　枕が遂に真っ二つに引き裂かれた。
　引き裂いた包丁とは別の包丁が、黒依の右肩を深く抉る！
　幻覚ではない本物の痛みに、黒依の顔は苦痛に歪む。
「これで、どう……っ？」
　黒依は左手で掴んだ目覚まし時計で猫の頭を思い切り殴り付けた。
　殴った衝撃で右肩に刺さっていた包丁が抜け、熱い血潮が噴き出してくる。
　殴られた猫のぬいぐるみは、短い悲鳴をあげたかと思えば、途端に包丁ごと消失していった。
「どうやら……、ダメージを与えると逃げていく、みたいね……、痛ッ……」
　抉られた右肩の傷口が深い。まともに自分の右腕が動かないのが、その証拠だ。
「１人では危険だわ。……早く、誰かと合流しないと」
　黒依は引き裂かれた枕の生地で肩口を止血し、貴賓室Ｂを出て回廊をさまよい始めた。

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