今宵の夢を召し上がれ｜リアクション

今宵の夢を召し上がれ

　動物の群れを率いた修は寝子ヶ浜海岸に予想した正午に辿り着いた。砂浜に降りて最初に行ったのは食料の確保であった。白熊がペンギンを見る目が尋常ではなかった。
　修は木陰に出店していた海の家の食材を全て購入した。完売となったので店員はどこかに暇を潰しに出掛け、見渡す限りの砂浜は貸し切りの状態となった。
「ほら、生肉だ。魚もあるよ」
　修の声で動物達が争うようにして食い荒らす。側で見ていた瓢は神妙な顔で手を合わせた。
「成仏してくれよぃ」
「……やめてくれ。映像が頭に浮かんだ」
　顔色を悪くした修が目を逸らした。ムッツリだねぇ、と瓢は笑って言った。
　海にはタカシがいた。スラックスの裾を膝下まで捲り上げ、水面から飛び出すペンギンと戯れていた。
「陸上では遅いのに、海では鳥みたいだね」
　タカシの言葉は通じなくとも、その表情や仕草で理解したのか。ペンギン達は海面を切り裂いて飛んだ。
　飛沫を避けてタカシは砂浜に逃げ帰った。
「少し濡れたね」
　身体を振るわせた直後にタカシはくしゃみをした。ろっこんが発動して目鼻立ちがはっきりとした美女が現れた。遠目に見ていた瓢が目を見開いて走り出す。一目で事情を知った修が後を追い掛けた。
　瓢は両手で海水を掬ってタカシの方に向き直ると、修が間に割って入った。
「白いＴシャツの女性に、海水を掛けるのは紳士の嗜みと思わないのかい？」
「女性に恥ずかしい思いをさせるわけにはいかない」
「ぼくは男性だよ。実は貧乳が好みだから、変身した姿はあまり好きじゃないんだよね」
　後ろからの声に修は横目で窺った。
　美女と化したタカシが迫り出したヒップを手で摩り、迫り出したバストの下に腕を入れて持ち上げた。Ｔシャツが上に引っ張られ、くびれた白い腰が垣間見えた。
　修は数秒、目を奪われた。好機と判断した瓢が斜め前に跳んだ。壁を失って無防備となったタカシの胸に海水を浴びせた。
「渇いてきたのに、また濡れたよ」
　元の姿に戻ったタカシが不満を口にした。瓢は寝癖の残る髪を無造作に掻いた。
「戻るのが早過ぎるねぇ」
「……そうだな」
　修の呟きを聞いた瓢が耳に手を当てた。大きく身体を傾ける。
「そこは聞き流すのが紳士だろ」
「こういう性分なんでねぇ」
　甚平の袖口で鼻から下を隠し、瓢は目だけで笑った。

　夕陽で島が染まる頃、二人と別れた修は動物を引き連れて動物園に戻ってきた。今日を存分に楽しんだ動物達は自発的に檻へと入った。
「分解した錠前をどうするか」
　檻の前に立ち、鍵のあった部分に手を当てる。その場に転がっていた発条やナットが集まってきて錠前を作り上げた。その事実を確かめるかのように入念に手で触った。
「ろっこんが進化して『修復』も使えるようになったのか！」
　叫ぶと同時にテキストの山が崩れた。顔を上げると、自宅の机に向かっていた。
「夢だったのか」
　修は椅子から立ち上がると軽いストレッチをした。肩や腰の旋回に努めたあとで息を整えた。
「動物園の皆に会いに行くか」
　修は安らいだ表情を浮かべて言った。