今宵の夢を召し上がれ｜リアクション

今宵の夢を召し上がれ

　殺風景な部屋だった。コンクリートの壁には細かいヒビが入っていた。天井の照明は目に優しいが程々の明るさで、ベッドに横たわる花風冴来を照らしていた。
　冴来は横向きの姿で寝ていた。長い金髪の髪には青くて大きい薔薇のコサージュが咲き誇る。
「……う、ううん」
　苦しそうな声を漏らして身体を丸めた。寒さを感じているのだろうか。七分丈のブラウスの袖はベールのように透けていた。胸元を彩る可憐な青いリボンを大切に抱えるような格好となった。
「……ここは……家じゃない？」
　ベッドに横座りの姿で起きて、ぼんやりとした青い瞳で回りを見た。生活感の乏しい部屋に温もりは感じられず、冴来は瞬く間に顔を曇らせた。
「これは夢ね。なんで夢の中なのに、こんな所にいるのよ。ホント、馬鹿みたい」
　頭に思った言葉が滑らかに口を衝いて出た。
「あ、ちゃんと声が出る」
　明るい表情は一瞬で不安が塗り潰す。祈るような手で唇を覆ってしまった。
「……怖いの」
　子供のように頭を小刻みに振って訴える。青い瞳が潤んできた。
「夢でも、話すのが怖い……もう、誰も言葉で傷つけたくないの」
　自身の身体を抱き締めた。頭の振るえは全身にまで及んでいた。
「誰か、助けて」
　その時、白狼のぬいぐるみが目に留まる。ベッドの傍らで凛々しくも愛らしい姿で主人を見守っていた。ルクス、と喜びの声で抱き上げた。胸の深いところに押し付けてしっかりと抱く。
　いつの間にか、全身の振るえは収まっていた。冴来はルクスを胸から離して顔の前に持ってきた。
「ルクス、一緒にいてくれてありがとう。あなたのおかげで震えが止まったよ」
　柔らかい表情で感謝の言葉を口にした。何故か、その表情が驚きに変わる。
「……私の言葉、傷つけるだけじゃないよね。誰かを想って伝えることも出来るんだよね」
　ルクスは円らな瞳で主人の言葉を聞いていた。興奮して話し掛ける冴来の手の揺れで頷いているようにも見える。
「なんだか、外の空気が吸いたくなっちゃったよ」
　冴来はルクスを胸に抱いてベッドから降りた。水色のフレアスカートを颯爽と翻して無骨なドアを開けた。

　夜空には綺麗な月が出ていた。瞬く星がはっきりと見える。街は浅い眠りの中にいて光源には乏しい。
「とても静かだね」
　冴来はルクスと一緒に屋上から眺めた。控え目な風が髪を優しく撫でていく。
「こんなに静かだと、叫んでみたくなるよね」
　視線を下げて呟いた。ルクスの頭を撫でて、何かに挑むような表情で前を向いた。
　冴来は息を大きく吸って、倍の長さで吐いた。一気に空気を吸い込んで、胸中に溜めていた全ての想いを解き放つ。
「馬鹿みたい！　馬鹿みたい！　いつまでうじうじしているつもり！　勝手に怯えて閉じ籠って！　情けないし鬱陶しいし、いい加減にしなさいよ！　たくさんの人を心配させて、そろそろしゃきっとしなさいよ！　私の馬鹿！　私の馬鹿！　弱い私の馬鹿ー！」
　最後は前のめりで叫んだ。よろけた先でへたり込み、朗らかに笑った。
「大きな声で叫んだら、すっきりしたよ。でも、疲れちゃった」
　冴来は斜めに崩れるように横になった。ルクスも倒して見詰め合う。
「久しぶりに、叫んだからかな。現実でも、こんな風に……叫ぶことが出来たら……いいのに、ね」
　冴来は眠るように瞼を閉じた。

　カーテン越しの淡い光で目が覚めた。仰向けに寝ていた冴来はもぞもぞと動いて横を向いた。羊型の枕のラヴァンドと白狼のルクスに微笑み掛ける。
「おはよう、ルクス、ラヴァンド。いい夢が見れたのは、貴方達のおかげなのかな」
　細めた目から一滴の涙が流れた。
「これは嬉し涙だから、泣いてもいいよね。だって喋れるように、なったんだもん」
　満面の笑顔のせいで余計に涙が押し出された。小さな友人達は、そのような冴来を円らな瞳で見続けた。

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あとがき

担当マスター：黒羽カラス
ファンレターはマスターページから！

　今回は倫理との戦いでした。際どい描写を何度も書いては消して、「いけるかも」と自分に甘えてまた消して。
　その結果、文章量としては立派なものになりました。皆様の書かれたアクションも文字数の限界に挑戦していました。

　今回のリアクションは皆様のお口に合うでしょうか。あまりのボリュームなので胸やけが心配です。
　作り上げたシェフの立場では胸いっぱいになることを望んでやみません。
　さあさあ、出来上がったばかりのリアクションを遠慮なさらずに、どうぞ召し上がってください。

　今回のご参加、ありがとうございました。

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