【ち・く・わ！】

「いやいや、桃川さん、さすがの貫禄だったなー」
じゃんじゃんじゃかじゃん♪　じゃかじゃかじゃん♪
　ギター片手に陽気に営業中、『魚新』店主の新井 いたご。
　先ほどまで彼が応援していた、良くアルバイトに来てくれる彼女は、着ぐるみばかり着せているのが少々申し訳なく思えてしまうほどに、輝いていました。
　しかし、それでも。いたごには、秘策があるのです。
「さて息子たち、そろそろ準備をしてくれるかな？　出番が迫ってきたようだからね」
「……？　あの、出番って？　コンテストは、実行委員の指名制じゃ……」
　きょとんと首を傾げたのは、アルバイト店員の神野 美野梨です。物静かな彼女、今日はお仕事ということもあって、いつもよりスマイル増量中……なのですが、
「ははは、心配ご無用！　さっき委員の子が来て、二人に出場をって言うから、勝手にオーケーしといたよ」
「頑張ろうね、神野さん！」
　いつの間にやら、知らぬ間に出場が決まっていたようです。いたごは息子の新井 すばると共に、ばちばちーん！　ダブルウィンク。この親子、なかなか、侮れません。
　とはいえ、まぁ。
「ええと……そうね。バイトさせてもらえるのはありがたいし……お仕事の一環と思えば。私で良ければ、やらせてもらいます」
　人前に出て行くのは慣れていないながら、こうしてアルバイトとして使ってもらえること、そのお礼ができるならと、美野梨はこくり、うなずきました。
「よーし！　そうと決まれば神野さん、これを着てくれるかな？　『魚新』の宣伝、よろしく頼んだよ！」
「……え？　これを、私が……着るんですか？」
　ぱちくりとメガネの奥で目をしばたかせ、戸惑う美野梨に、いたごはもひとつウィンク、ぱちり。
　それは、いたごが今日のために用意しておいた、秘密兵器。彼女のための、とっておきの水着なのです。
　やがて、ステージのために着替えた二人を前にして、その仕上がりに、いたごは実に満足げな笑みを浮かべます。
「ははは、二人とも似合いすぎだろ、ベリキュー！　さて、そろそろ時間だな。すばる、神野さんのエスコートを頼んだぞ。気合を入れて、行って来い！」
「任せてよ、父さん。それじゃ行こうか？」
「え……ええ。行ってきます」
　すばるの後に続き、緊張気味に歩き出す美野梨を、そうそう！　と、いたごは呼び止めました。
　ひとつ、忘れていたものがありまして。
「ふふ。ちくわのお姫様、素敵なティアラはいかがかな？」
　いたごのコーディネートに、抜かりは無いのです！

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●エントリーNo.38　新井 すばる
●エントリーNo.39　神野 美野梨

「続きましてはこのお二人！　いらっしゃーいっ！」

「こ、これはっ……！　おもしろかっわいいーーーっ！　ウクレレの楽しいメロディと共に、新井 すばるさんに神野 美野梨さん、ちくわルックでのご登場ーっ！」
　そうなのです。ちくわ！
　いたごが美野梨のために用意したのは、『魚新』の人気商品でもある『寝子島ちくわ』をモチーフにしてあつらえた、特製のちくわ水着なのでした。
　出がけに渡された素敵なティアラこと、ネコミミもきっちり頭に乗せている、律儀な美野梨です。
「新井さんはお魚屋さんの息子さんで、ちくわはお店の人気商品なんだってー、だからちくわなのね！　マスコットのちくわくんの、この絶妙なフォルムッ！　ねえねえ、後でお姉さん、抱きついてもいい？　何だかふわふわで気持ち良さそうなのよん。そしてお隣のちくわガール、神野さんの斬新な水着ときたらもう！　随所にちくわのモチーフがありつつ、ひらひらシースルーのフリルがついてたり、リボンやアクセサリーも付いてて、ちゃんと可愛らしいのこれがっ。秀逸なデザインよね！　意外なネコミミの組み合わせもなかなかーって、あははー、お顔が真っ赤ね神野さん。大丈夫よー、バッチリセクシーに決まってるわよ！」
　と言う、司会者さんの言葉の通り。
（とうさんのことだから、ちくわ水着なんて、こう……出オチ的なものかと思ってたけど）
　なんて、隣を歩く美野梨の、その思わぬセクシーさ！　すばるも思わず、父親の意外なセンスに脱帽なのです。
　当のいたごはと言えば、観客席から、
「ちくわ水着がここまで似合うとはねー。ねこ耳ちくわ姫、ブラボーッ！」
　得意のギターをかき鳴らしつつの応援メッセージに、美野梨の頬は、ますます朱色に染まっていきます。
「だ、大丈夫かしら、これ？　思った以上に恥ずかしいわ……」
「心配ないよ神野さん、すごく似合ってる。素敵だよ」
「そ、そう……？　なら、いいのだけど」
　慣れない扮装、慣れないシチュエーションに緊張し、いささか足取りの重い美野梨を、すばるはそう言って優しくエスコート。
　そんな彼が身に纏っているものもまた、特注品。『魚新』名物、ちくわくんの着ぐるみも、いたごが頼んでおいた海水パンツを履かせた夏バージョンなのでした。
「さ、まずは真ん中まで行くよ、神野さん」
「え、ええ。頑張らなきゃ……」
　ちくわくんとちくわガール、まずはつかみバッチリ。
　ウクレレを奏でながら、ちくわくんがくるくるくるり！　と華麗なターンを決めれば、主に会場の子供たちから、アツい声援が届きました。



　パフォーマンスタイムへ至っても、かちこち、どこかぎこちない美野梨。
　そんな彼女の心を解したのは、すばるのこんな一言でした。
「神野さん、これは実験なんだよ。ちくわを使って、人を惹きつける実験さ。神野さんなら得意だろ？　ね、ボクを信じて」
「実験……ええ、そうね。それなら……」
　化学部や生物部に所属する理系女子である美野梨に、その言葉は効果てきめん！
「まずはとりいだしましたるこのちくわに、綺麗な透かし彫りを入れてもらいましょう。会場の皆さん、何かリクエストはありますかー？」
　すばるの壇上からの問いかけに、観客席からは口々にリクエストの声が上がります。
（透かし彫り……解剖とはちょっと、勝手が違うわね。でも、やるしかない……！）
　その間、打って変わって冷静さを取り戻したちくわガールは、得意のメスさばきを披露！　すばるの取り出したちくわに、会場からのリクエストに従って、見事な猫のシルエットを刻み入れて見せれば、わあっ！　と客席が沸きあがりました。
「よーし、続いては神野博士のちくわ実験コーナー、いってみよー！」
「はい。ちくわの穴にきゅうりを詰めるのは定番ですが、実は色々なバリエーションがあります。そこで、嫌いなものをちくわの穴に詰めたら、食べられるのか？　そんな実験を行ってみようと思います。そうですね……そこの君、ちょっと協力してもらえないかしら？」
　と言ってぴたり、指差したのは、
「えっ、オレぇ？」
　先ほど、『定食屋　おにざき』でお子様ランチを堪能しつつおまけのサンマさんストラップをゲットした、曖浜 瑠樹くんでした。お腹を満たした後は、出場者の皆を……というより、審査員を務める大好きなサンマさんの応援に回っていたようです。
　呼ばれてとっとこ、壇上へと上がった瑠樹は、
「うわぁ、サンマさんがこんなに近くにいるよ！　嬉しいねぇ」
　ほんわり、それだけでにっこり笑顔です。
「それじゃ、この中で、何か嫌いな食べ物はあるかな？」
「えーっとねぇ……」
　このためにすばるがあらかじめ用意しておいたのは、にんじんピーマン、トマトにタマネギといった、いかにも子供が苦手そうな野菜の数々。
　瑠樹が選び出したそれを、美野梨が再びお見事な手並みでメスを翻し、きゅきゅっとちくわの穴に詰めてやると。
「うぇー、どうしても食べなきゃダメかなぁ？」
「ごめんなさいね。でも、きっと美味しいから、協力して？」
　美野梨が柔らかく笑いかけると、瑠樹も安心したのでしょう。意を決して、ちくわの野菜詰めをひとつ、ぱくり……と、その瞬間。
「……うんっ、美味しいねぇ！」
　にぱ、と、瑠樹の表情が輝きました。実験はどうやら、成功のようです！
　サンマさんに手をふりふり、駆けていく瑠樹を見送ってから。美野梨は、
「実験の結果、ある程度の効果が見込めました。どうしても嫌いなものは難しいかも知れませんが、それはまたいずれ、別の機会に実験してみたいと思います。どうもありがとうございました、『魚新』をよろしくお願いします」
「浜辺で、炉端焼きと冷やしちくわの屋台も出してるので、ぜひ寄って行ってねー」
　シメにウクレレをひとつ、じゃかじゃん♪　とかき鳴らしてから、ぺこりと頭を下げて、二人は出番を終えました。



　最初はとにかく恥ずかしく、ひどく緊張もしましたけれど。
　終わってみれば、何だか清々しいものが、美野梨の胸にはじんわりと広がっていたりもします。
「ふう、神野さん、お疲れさま。いい実験だったよ。ちっさい子たちも大喜びだったし、これはビーチ☆ファニー賞、取れちゃうんじゃないかな？　それとも、神野さんなら、セクシー賞もいけちゃうかも知れないよ」
　それもこれも、ちくわくん……明るいすばるが隣にいてくれたからこそ、だったのかも知れません。
「ええ、新井君もおつかれさまでした……セクシーなんて、そんなつもりは無いもの。狙うならファニーじゃないかしら」
「そうかなぁ？　神野さんなら……っと、そろそろ屋台のほうに戻らなきゃだね。今頃、父さん一人でパニックになってそうだ。いこっ」
　何気なく差し出された、すばるの手。
　そうして自分を引っ張ってくれる存在が、微笑む美野梨には、とても頼もしく見えたことでしょう。

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「そうそう、『魚新』さんの炉端焼きとか冷やしちくわもさっきいただいちゃったんだけど、これが美味っしいんだわー！　さすが、寝子島島民の胃袋を支えるお魚屋さんの味よね……お魚と言えば、サンマさん！　新井さんと神野さんはいかがでしたー？」
「新井 すばる君に神野 美野梨ちゃん、何だか他人とは思えないちくわっぷりに、胸が熱くなったぜ！　奇をてらっちゃいるが、俺には分かる、あのちくわ愛はホンモノだッ！　『魚新』の魚はマジに美味いから、一度味わって見ることをオススメするぜ。秋になったら、サンマもヨロシクな！」

「ああっ、脂の乗った旬のサンマも楽しみよね、じゅるり……！　とはいえ今は夏真っ盛り、まだまだ燃え上がって行くわよー！」