全員強制緊縛Day｜リアクション

全員強制緊縛Day

◯
　二人は観覧車のゴンドラに揺られていた。
　元々の色はもうわからない。夕日に焼かれて真っ赤に染まっている。
　二人は向かい合わせではなく、隣同士で、手を繋いで座っていた。
　ぎこちなく遠慮がちに……、互いの服が触れるか触れないかの距離だった。
　服たちは時折、か細い悲鳴のような衣擦れの音を立てる。軋むようでもあり、泣くようでもある。
　その弱々しい音を聞いていると、獅子島市子はため息をつきたくなった。
　しかしせっかくの桃川圭花と二人で過ごす時間にため息なんて持ち込みたくない。
　すんでのところでため息を飲み込んで、市子は圭花を気遣いながら圭花の涼しげな面を覗いた。
　綺麗。ああとっても綺麗だ。
　すべすべの肌も、意思の強さをそのまま体現したような目も、顔に映りきらない圭花のすべてが――眩しい。
（ホントは、もっとくっついて――抱きしめてぇ）
　けれどその欲求が高まれば高まるほど、ため息は濃く重たく市子の中で渦巻いた。
（あたしなんかとでいーのかなって気がして……女同士だからとかじゃなくて、あたしで……）
　圭花が告げた好きは、市子に向けられたものだったはずなのに。
　不安は、大きな衣擦れの音となってゴンドラの中に響いた。

「困っちまうよな……。手ぇ離れなくなるなんて」
　市子の前髪が、不安げに揺れた。
　その前髪に触れたくて、少しでも不安を拭いたくて、圭花はそっと市子との距離を縮めた。強引にではなくあくまでもそっと。
「っ！」
　市子は息を呑んだ。
　それに気がついても、圭花は市子から離れない。
　自然と並んで座って、体を寄せあって。
　好きな人の存在を、ただ感じる。感じたい。
　市子が不安ならばその不安を感じたい。
　不安を感じて、不安を分けあって、少しでも彼女の気持ちが楽になってくれればもっといい。
（そう、好きって言われた日から、私の中にいるのはいつだってこの人）
　無愛想で、無頓着で、けれど……優しい人。
（私たちは互いに憎まれ口ばかりで、ほんとの気持ちはその十分の一くらいしか伝えてこなかったけど……）
　ポーカーフェイスの下の深い愛情を、もう圭花は知ってしまった。
（こうしてくっついてたら互いの鼓動くらい感じられそうで……）
　重なった手から伝わる脈動が、市子の感情の昂ぶりを教えてくれる。
　目をつぶると、その血が、感情が、圭花の中に流れ込んでくるような錯覚を起こした。
（この鼓動が伝えてくることは、きっと確か……）
　だから圭花は告げる。
「私は困らないわ」
　市子のもう片方の手も捕まえて、それから視線も逃がすまいと、圭花は市子と額を合わせた。
　市子の脈動が一気に激しくなった。
　その事実を恥じるように市子は目をつぶる。
　それでも圭花はまっすぐ市子を見据える。
「私は困らないし、心臓どころか、頭の中が伝わったって怖くないわ。
　そしたら私にはあなただけだって簡単に証明できるし」
　市子のうっすらと開いた唇が、ひゅっと鳴る。
「そんなの怖くないから、もっと市子さんを感じていたい」
　そして、市子は目を開ける。
「……そっか」
　黒い黒い瞳に、圭花の顔が映り込む。
　思った以上に余裕のないみっともない顔をしていた。
「ならこのままってのも悪くねーのかもな」
　けれど、市子は微笑んでくれる。
　どこまでも澄み渡る水のような、笑顔だった。