ドラゴン喚ぼうぜ！【蛤】｜リアクション

ドラゴン喚ぼうぜ！【蛤】

　　【今はこれが精一杯】

　子供達が、我先にと料理の奪い合いを始めた中、それに気付かないまま、小山内海は海岸線を走っていた。

　ずっと気になっていた。お腹がすき過ぎて食事を待つ団体の中に、ずっと御剣刀の姿が無い事に。
　きっと、また悩んでいるのだ。だから、いない。

　悩み始めると止まらない人だから。
　海は料理といえるかも分からない、一口サイズにカットしたハマグリの塩茹でをお皿に乗せて、溢さないように精一杯気をつけながら、それでも走る。

　海岸線から端の方。岩が落ちた崖とは正反対の崖の近くに、刀はいた。
　ぼんやりと、片足を前に投げ出し濡れるか濡れないかの狭間で。
　木刀とバッグを傍らに置いたまま座って波打ち際を眺めていた。
　両手が埋まっているから、声を出す事もバッグに入れてきたスケッチブックを出す事も出来ない。
　本当は遠くから声を掛けたかったけれども、海にはそれは叶わない。
　その目には恐らく何も映っていないに違いない。そう思うとより転ばないように慎重になりつつもその足の速度を速めた。
　息を切らせた吐息だけで、刀は振り向いて。
　海を見て、ほんの少しばつの悪そうに、そして照れ隠しのように小さく笑って見せた。　

　「小山内が作ったのか？」
　刀に皿を預けて、海はスケッチブックを取り出しつつ頷く。
　「食ってもいいか？」
　味は最低限の為、問題なさそうだが、料理と言うには不安の残るそれを刀は目にして海に尋ねる。
　『だいじょうぶ　刀くんのぶん』
　本当は全て刀の為に作ったもので、海は他の人の料理のご相伴に預かろうと思っていた為、まだ味見以外は食べてもおらず、海もお腹はぺこぺこだったが、そんな事はどうでも良かった。
　刀は、貝柱の刺さった爪楊枝を口に運んで。

　「美味しい……うん、以前よりも更に美味しくなった」　

　刀は海に笑って見せて感想を告げながら、それらをあっという間に一気に食べつくしてしまった。
　量が圧倒的に少なかっただろうか、と不安に思う海を前に、
　「ご馳走様。美味しかった。
　次も期待しているな」
　刀は、幸せそうに感想を告げたのだった。

　「そうだ！　忘れていた！」
　そう言うと、刀は自分のバッグから、
　「良かった。割れていない」
　と、安心した素振りで一つの小瓶を取り出した。それは、海の瞳と同じ色をした青色の小さな小瓶──

　海が驚いた顔をして刀を見上げる。
　「香水なんだ、小山内をイメージして作ってもらった、春の花々を集めたような。
　もらってくれると、嬉しい」
　「(私の分も……あったんだ)」
　──刀は、他の女性にも香水を渡していた事を目撃してしまっていたけれども。自分の分は無いのだと、ずっと思っていて。

　嬉しさに涙腺が緩みそうになるのを必死にこらえる。
　絶対に、心配を掛けてしまうからと気づかれないように慌ててスケッチブックに文字を記した。

　『ありがとう　刀くん』