【閉鎖空間：南の朱雀】

<１>


　宇佐見 望月は親しい仲の桐野 正也と志波 武道と共にネコミケ２日目を楽しんでいた。
「うぇい、昨日のアレで姪っ子は出てこられなくなったんで、代打ありがと、正也ちゃん、武道ちゃん」
　宇佐見は感謝の言葉とともに頭を下げた。
「きりのんともっちーと、仮装マラソンでつかった衣装でコスプレスタッフボッランッティアー！　賑やかで楽しいぜぃ☆」
　対する志波は上機嫌だ。賑やかなノリを好む志波は、今の状況を楽しんでいるようだ。
「まぁ、たまにはこういうのも悪くないかな」
　桐野も衣装に身を包み、この空気を味わっている最中だ。
　と、ここでテオから世界隔離のお知らせ。
「……って、またクローネか！」
　桐野は露骨に顔をしかめた。
「おい見ろ、同人誌からキャラが湧き出てるじゃねぇか！」
　宇佐見の指差すブースの同人誌に、黒い羽が突き刺さっていた。
　そこからモリモリキャラが溢れてくるのを３人は目撃する。
「しかもコスプレイヤーたちが急に魔法とか撃ちだしてるナニコレコワイ！　ヤバイヤバイ、この二次元異界大戦、超ヤバイってアバー！？」
　志波が突然、忍者めいたキャラクターが放った光線に撃ち抜かれた！
　アスファルトに転がる志波の姿に、宇佐見は思わず嘘泣きをした。
「ぶぅぅどぉぉぉちゃぁぁぁぁん！　うぅ、お前のこと、大体３分くらいは覚えてやるからな！」
「カップラーメンかよ！　てか死んでないって！」
　安定の桐野のツッコミが炸裂した。
　だがその背後、桐野のろっこん『思ったー』で生み出された吹き出しには、こう書かれていた。
【望月、ナ　イ　ス　ボ　ケ】
　男子高校生の日常会話は、こんなものである。
「さて、武道ちゃんを回収して安全域まで退避しないとってあびゃー！」
　今度は宇佐見が光線を浴びてダウン！
「おいおいおいおいおいおいおい、ちょっと待てよ！　２人ともやられたら俺は……！」
　桐野が狼狽すると、背後がやけに明るく輝いていた。
　振り返れば、今まさに忍者が光線を放つところではないか。
「うんぴょおおおおおお！？」
【やっぱこうなるよね！】
　桐野も光線を浴び、その場に崩れ去った。

　だが、しばらくすると３人は同時に立ち上がり、凛々しい表情を湛えていた。
　ニャンダムファンの３人が光線を浴びたら、なりきり度マジ1000％のニャノタが誕生するのは明白！
　彼らはニャンダムに出てくるキャラクター、『漆黒の三兄弟』になりきるのを強いられているんだ！
「光浴びたら服の材質がなんかマジモンポイのに変わってないか！？　会場内は長物禁止なのにいつの間にか武器も、ってこれはマジモンのブロドの武器じゃないかすんごぉい！」
　志波はほんのちょっと素の部分が残っているようで、身に付けている装備品のクオリティに感激している。
　桐野もスーツや装備品を手に取って確認し、ただひたすら感心していた。
「本当だな。俺のビットも自在に動くぜ。……というか、あの忍者をとっちめればいいんだな……。そう分かれば、とっとと倒そうぜ、兄貴達！」
「ま、そゆ事だブロド兄ぃ。キリちゃんの言うとおり、まずはあの糞ニンジャだ。漆黒の三兄弟には漆黒の三兄弟の意地があるんだよ！　お前もお前の役割を果たせってね♪」
　宇佐見、もといウーサは既になりきっている模様。
「確かにはしゃいでるわけにもいかないな……」
　志波、もといブロドはゴーグルを掛ると、弟２人に指示を飛ばす。
「民間人の安全を守るのも軍人の務めだ、行くぞウーサ！　キリー！」
「ああ、邪魔する奴は潰～す！」
　ウーサが二振りの日本刀に手を掛ける。
「俺たち三兄弟の力見せてやる！」
　キリーも血気盛んに意気込みを語る。
　そこへ、週刊少年漫画雑誌に連載されている超能力少女漫画、『絶対無敵チルチル』の登場キャラに模した後木 真央と八神 修が宙から舞い降りてきた。
　ちなみに『絶対無敵チルチル』とは、最高レベルの超能力を持った少女たちが、超能力者排斥思想団体や超能力犯罪集団を相手取って世界を守るサイキック・ラブアクションストーリーである。
　後木は主人公の明石野 香織（あかしのかおり）が成長した未来の姿『クイーン』へと変わっていた。
　背は伸びている、髪が長くなっている、スタイル抜群、そしてなにより、胸のサイズが６割増していることに後木はガッツポーズ。
　八神ともども超能力で空を飛べるため、今まで空の上から事態を観察・情報収集していたのだ。
「ファッ！？　修ちゃん、見るのだ！　もっちゃんセンパイにまーちゃんセンパイ、武道ちゃんセンパイかっくいーのだ！」
「ふむ、３人とも、なかなか様になっているじゃないか。……クイーンほどではないがな？」
　突然現れた２人に、漆黒の三兄弟ウーサは言葉を返した。
「空が飛べるからっていい気になるなよ？　……しっかし真央ちゃん、すっげー大人っぽくなったなぁ……」
　ウーサが後木の姿に見蕩れていると、八神扮する“少佐”こと氷部 亮介（こおりべ りょうすけ）がそれを鼻で笑った。

「そうだろう、そうだろう！　クイーンは能力・美貌ともに世界一だからな！」
　誤解を招かないためにも言及しておくが、八神は少佐になりきっている。
　少佐は『ロリコン』キャラで、作中では中学生の香織に対して口説くような素振りを見せている。
「クイーン、先を急ごう。MT（モビルトルーパー）のないニャノタは、ただのコスプレイヤーさ」
　後木は期待の眼差しを三兄弟に向けている。
「真央ちゃんたち、『絶チル』の香織×少佐本を読み漁ってた最中に光線浴びたのだ。そしたら真央ちゃんがクイーンで修ちゃんが少佐になったのだ空も飛べるし超能力使いたい放題なのだ！　だからもっちゃん先輩たちもMTがきっと呼び出せるのだむしろ乗せてほしいのだ～！」
　だが、この言葉は三兄弟の心に火を付けてしまった。
　キリーが不服そうに目を細める。
「MTがなければ何も出来ないだと？　俺たちを甘く見るなよ？」
「そうだそうだ！　MTなんて飾りですよ。エライ糞奴等には、それが分からんとです」
　ウーサも負けじと反論した。
「軍人たるもの、地上でも誇り高くあれ……。漆黒の三兄弟と呼ばれる所以のコンビネーションをお見せしよう……！」
　ブロドはクールに言ってのけた。
　少佐は「お手並み拝見だな」と上から目線。
　繰り返す、八神は完全に入り込んでいる故の発言である！
「そういえば、漆黒の三兄弟といえば、総受有りのリバ有りの腐女子垂涎の的なのだ～」
　唐突に後木の目がらんらんと輝き始めた。
「ニャンダムＲ『漆黒の三兄弟』の飄々としているが冷静な司令塔の長男ブロドは眼鏡攻め担当なのだ。でも上官から無理矢理迫られると断れないのだそこがいいのだ。次男のウーサはリバキャラなのだどちらもできて美味しいのだ。末弟のキーリは期待の総受けなのだ女装女体化バッチコイなのだグッとくるのだ！」
「ま、真央ちゃん、え、え？」
　キリーは身震いした。
　総受けキャラの遺伝子が、なりきり時に引き継いでしまっているようだ。
　本能的に腐思想に危険信号を読み取ってしまう！

「真央ちゃんは知識として知っているだけなのだ」
「クイーン、せめてヨダレは拭こう」
　八神が甲斐甲斐しく後木の口元を拭ってあげた。
「修ちゃん、俺たちは負けねーぜ！　このウーサが忍者ごとき斬り伏せてやる！」
「ウーサは何をムキになってるんだ？」
　ブロドが首を傾げる。
　うっすら事情を知っているキリーが、ニヤニヤとほくそ笑む。
「まぁ、ウーサ兄貴も男を見せたいんだろうな」
「……ああ、なるほどな」
　ブロドは静かに頷いた。
「いくぞ、ブロド兄ぃ、キリちゃん！　『絶チル』なんかに負けてられねー！　うおおおおおっ！」
　ウーサは二刀流のまま、暴れるキャラ達の人混みの中へ突っ込んでいった。
「俺たちも行こうぜ、ブロド兄貴！」
「ああ、そうだな。では、戦場でまた会おう、氷部少尉殿」
　ブロドとキリーは敬礼をした後、ウーサを追って戦場へ飛び込んでいった。
「俺たちも行こうか、クイーン？」
「行くのだリミッター解除なのだー！」
　八神と後木は超能力で宙を舞い、空を飛ぶ魔法少女たちを薙ぎ倒しながら奥へ突き進んでいく。