故郷での夏休み｜リアクション

故郷での夏休み

●姉妹のわだかまり

「椿さん、横浜に連れてって。あやめちゃん、花村家のお墓に行っていると思うから」
「のばら様、その恰好は……」
　添木牡丹が着ているのは、黒地に牡丹柄のチャイナドレスだった。
「父様と決着をつけるための勝負服です」
　制服や普段着でも良かったのだが、断絶の決意を確固たるものにすげく、あえてこの衣装を選んだのだった。
　花村家の墓に行けば、鬼崎あやめに会えるかもしれない。
　そう考えた牡丹は、青島椿に頼み、横浜市港南区にある花村家の墓がある墓地へ向かうよう指示する。
「……花村の娘、ですか……」

「椿さん、どうしたの？　気分でも悪いの？」
「失礼しました。花村崇とは同僚だったもので……惜しい男を亡くしたと今でも思います」
　かつての同僚だった男はあやめの実父で、牡丹、いや、のばらの養父だった男だ。
「今回のことで、椿さんにいろいろ迷惑かけることになるけど……」
「ご心配には及びませんよ。のばら様に頼まれていた各幹部への根回し……既に完了しております。千唐様とあやめ様のために、お父様との決着をつけてください」
　それは、行方どころか、生死すら不明の添木千唐が望んでいたことでもあった。
「……ありがとう。必ずケリをつけるね」
「では、参りましょう」
　リムジンを運転している間も、椿は、かつての同僚のことを思い出していた。
（あやめ様にはいずれ真実を話さなければならないと思っていましたが……それがこんなに早く実現するとは……）
　両親の死の真相を知った時、あやめはどのような反応を見せるだろうか。
　そう考えるのが怖いが、椿は無言で運転する。
（どうか、私とあやめちゃんを守ってください……崇義父様、蓮義母様）

　リムジンが墓地に近づいてきた頃、あやめは墓の前で寝子島での生活を両親に報告していた。
「お父さん、お母さん、私は大丈夫だよ。鬼崎の叔父さんは……まるで駄目な叔父、略してマダオだけど優しくしてくれるし、義妹のつくしちゃんも私を慕ってくれてるよ。立派なお姉さんとして、定食屋『おにざき』を支えているから心配しないで」
　だから成仏して……と手を合わせ、両親の冥福を祈る。
　帰り際、優しく、皆から慕われていた姉が、なぜあんな事故に遭ったのかと不思議に思う。
　あやめが知っているのは、牡丹が中学三年の時に学校の屋上で転落事故があったということだけ。
　あの事故は添木組が関与し、牡丹は否応なく巻き込まれてしまったのではないかという疑問が頭をよぎるが、それは仮定にすぎない。
「事故のこともだけど、それ以上に、牡丹お姉ちゃんに憑いているあの人がのばらお姉ちゃんなの……？」
　怪人セブンの説得時に牡丹が突然豹変したかと思えば、本来の意識を取り戻したことを今でもはっきり覚えている。
　星ヶ丘にある薔薇園で会って以来、牡丹とは様々な確執があったが、セブン説得時の牡丹に、それまで以上の戸惑いをおぼえた。
（一番ショックなのは天の川鑑賞会でのお兄ちゃんとのデートだったけど……お姉ちゃんは関わってないし）

「こんなかたちで、あやめちゃんと会うなんて……」
　だけど、勇気を出して誘ってみよう。そのために、ここまで来たのだから。
　意を決し、牡丹はあやめにゆっくりと歩み寄る。
「牡丹お姉ちゃん……どうしてここに……？」
「あやめちゃん、今から添木組に喧嘩売りに行くけど、一緒に行かない？」
　喧嘩を売りに行くとは、いったいどういう意味なのだろう？
　疑問がひとつ増えたが、大好きだった千唐の言葉が聞こえたような気がした。
（……正直、牡丹お姉ちゃんの申し出は意味がわからない……。けど、今はお兄ちゃんの言葉を信じよう）
　千唐もきっと、あやめが添木組に行き、すべてを知ることを望んでいるはず。そう思って。
「わかった、ついて行く」
「ありがとう、あやめちゃん。椿さん、私達を添木組に連れてってちょうだい」
「かしこまりました」

　横浜市西区にあるタワー群の一棟に、牡丹とあやめが向かう添木興業と添木組がある。
「俺の……添木興業と添木組……こんなかたちで無くすなどありえねぇ……何としてものばらを……！」
　牡丹と千唐の父である添木雅臣は、添木興業社長兼添木組組長だ。
　医師から末期ガンと宣告され、余命は１ヶ月ほどしかない。
　自分がガンで死んでしまっては、これまで様々な手段で築き上げてきた添木組が崩壊してしまう。
　その前に、なにがなんでも娘の牡丹に跡を継がせたい。組の存続のためにも。

　牡丹の帰りを、今か今かと雅臣は床に伏せったまま待ちわびていた。

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故郷での夏休み

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