故郷での夏休み｜リアクション

故郷での夏休み

●視えるモノと視えざるモノ

　８月某日。
　民谷鋭二は、お盆は地元でゆったり過ごそうと山陰某所の田舎へ。
（この時期になると、昔のこととか、あちらの世界のことについて、いろいろと考えてしまうな……）
　あちらの世界とは、あの世のことではなく、狐狸妖怪の類が住まう世界のことだ。
　鋭二が民話蒐集をし始めたのは、幼い頃の出来事がきっかけだった。その話は後ほど。

　いろいろと考え事をしているうちに、民谷家の墓がある寺に着いた。
　彼の父は木天蓼市に単身赴任中で、母は９歳の頃に病気で亡くなった。
　昨年の七回忌は、高校受験やら何やらで忙しかった。そのため、父と過ごすことは稀だった。
　なにかとすれ違いな父子だが、母の墓参りは一緒に言っている。
（今年も来たよ、母さん）

　父と母の墓参りの帰り、寺の住職に会った。
　話をしに寺に来いと住職が言うので、寝子島の昔話、体験したことを土産話に聞かせることに。
「父さん、先に帰っていてくれ。俺は住職と話がしたい」
「わかった。遅くならないうちに帰るんだぞ」
　
　寺の住職は、民話や狐狸妖怪の対処法を教えてくれた人だ。
　茶を飲みながら、寝子島で自ら体験した出来事を話す。
　寝子高のホラー愛好会が仕入れてきた都市伝説を探索するためのツアーに参加したこと。
　九夜山のおキヌさんに神隠し。
　実在するかどうかも怪しい「ちえの実」を探したこと。
　人を化かして遊ぶいたずら狐や忘れられた大木の大蛇伝説に関わったこと。
　白いマスクを装着した口裂け女と思われる女性の調査。
　寝子高七不思議のひとつ、存在しない教室の存在に関わったこと。

　さまざまな不思議な体験を、身振り手振りを交えて話す。
　話を聞き終えた住職によると、この時期は、自然に宿る色々なモノたちも活発になっているらしい。
　残念ながら、今の鋭二には、それを視ることはできないが。
　帰り際、住職は「奴らを視たいのなら右目を閉じてみよ」と言った。
「それ、ここにいる間に試す。教えてくれてありがとう」

　１６日の夜、父と祖母の３人で、送り火を焚きに川へ。
　毎年やっていることだが、寝子島で異界の存在を改めて確信した今は、少し感傷的になる。
（母さんも、この火に導かれて帰っていくんだろうか……）
　立ち上る煙を眺め、ふと、そんなことを考える。
　川縁に並んだいくつもの灯を見て、ふと、昔見た狐火を思い出す。
　怪しいモノたちは、幼い頃はすぐ近くにいたが７年前の夏を境に、そのモノ達の気配をぷっつり感じられなくなってしまった。
　それまで視ていたすべてが、夢だったかのように。
（今思えば、７年前は母さんが亡くなった頃だったな。俺が視えなくなったのは、それが原因か？）
　そう思うが、これはあくまでも推測にすぎない。
　視えなくなった当時は、心寂しく思ったものだった。
　鋭二が各地の民話に興味を示し始めたのも、幼い頃に視えていた奴らが確かに存在していたという痕跡を求めてだ。
　寝子島に来て、もれいびになってから多少なりとも感性が戻った気がした。
　帰省してから、また会えるのではないかと視えていたモノが良くいた山の中や、寂れた社を巡ってみた。
　だが、何も視ることはできなかった。
（もれいびになったからといって、視えるとは限らんか。いつかまた、この地で奴らに出会える日は来るのだろうか）

　寝子島に帰る日、父とふざけ合いながらの帰り道で住職の話を思い出し、右目を閉じる。
　すると、薄ぼんやりと奇妙な影がちらつついた。その影は、どこかで見たような気がしたが思い出せない。

『鋭二』

　不意に、誰かに名前を呼ばれた気がして振り返ったが、そこには誰もいなかった。
　聞き覚えのある、懐かしいような、悲しいような気持ち。
　彼の周囲には、ただ闇が広がるばかりだった。