故郷での夏休み｜リアクション

故郷での夏休み

●大切な人はもう……

　藤堂月乃の地元は、栃木県南部にある穏やかでのんびりした田舎町。
　寝子島から電車を乗り継いでの３時間と少しかけての帰省なので、ちょっとした旅行気分だった。
「地元に戻るの、数ヶ月ぶりだな。みんな、元気かなー。あの子のお墓に行かなきゃ、ね……」
　つけているヘアピンに触れ、少し寂しげに呟く。
「泣きそうな顔をしていたら、みんなに何を言われるかわからないわ。元気出さないと」

　地元の駅の改札口を出ると、寄り道もせず、まっすぐと自宅へ。
「ただいま」
　荷物を部屋に置いてから、両親、祖父母、姉、妹に寮生活や寝子高での部活が充実しているなどといった簡単な近況報告を。
　というが、月乃が住んでいる猫鳴館は、学校の裏山にひっそり佇む築６０年の元寝子島高校寮。
　森に埋もれているため全景図には写っておらず、地図にも掲載されていない場所だ。
　なので、建物の概要だけ伝えた。
　そのようなところで生活していることを話すと、両親は「危ないから今すぐ引っ越しなさい」と言い出すに違いない。
　他の皆と楽しく暮らしているので、そういうことは絶対に避けたい。
「寮は築６０年と古い建物だけど、毎日、寮生の皆と楽しく過ごしているわ。安全面は大丈夫だから。心配しないでちょうだい」
　安全面は大丈夫と聞き、月乃が寝子島で安心して暮らしているか不安だった母はホッとした表情に。

　伝統ある学校なので専門授業も多く、公認、非公認問わずクラブ活動は豊富なので、他校よりかなり充実している。
　この話に興味を示したのは妹だ。
「私は弓道部に入ったわ。小さい頃からやっているからね」
　特技である弓道は、今では初段の腕前だ。
　両親と祖父母、姉は、大人しく、自分の気持ちを他人に伝えるのが苦手、少し人見知りなところがある月乃の成長ぶりを喜んだ。
　妹が寝子高の話をもっと聞かせてとねだり始めたので、報告したこと以外の話をすることとなった。
　話を聞き終えた妹は、自分も寝子高に行くと言うので両親は心配になった。

「ふぅ……」
　家族への報告が終わり、一息ついたところで大切な人の墓参りに。
　途中のコンビニに寄って、墓参り用の仏花とお菓子を買っていく。
（あの子、このお菓子が好きだったね……）
　思い出すのは、今は亡き大切な人のこと。
　その人は月乃が買ったお菓子が好きで、学校帰りにコンビニで買って食べていたことは、今でもはっきり覚えている。

　墓地についたら水桶に水を入れ、目的のお墓へ。
　たどり着いたのは藤堂家の墓地ではなく、幼馴染みで、初恋の人だった猪川和真が眠っている墓だ。
　藤堂家の墓は、翌日、家族揃って参ることになっている。
　いつも一緒にいて、月乃を導いてくれた大好きだった彼は、もうこの世にいない……。
「久しぶりだね。そっちはどう？　私は、寝子島で元気にしているよ」
　泣きそうになるが気丈に振る舞い「私はちゃんと元気だよ」と手を合わせ、墓前に報告する。
「和真が用意してくれていたこのヘアピン、いつもつけているんだよ。大切にしているよ……。あれから２年経ったんだね……」

　２年前。
　月乃の誕生日直前に、和馬は彼女の目の前で事故で交通事故に遭い亡くなった。
　お守り代わりに身に着けている色違いのヘアピンセットは、彼の母親から渡されたものだった。
「まだちょっと心の整理がついていないところもあるけど、前に進めているかな……。どうかそっちで見守っていてね……」
　いつか、ちゃんと、前に進めるように頑張ろう。そう彼の墓前で誓う。
（泣かない、泣いちゃだめ……和真が心配しちゃうもの……）
　涙が流れそうになるが、必死で我慢する。
　改めて、墓前で、和真の分まで強く生きようと誓う月乃だった。

「私、頑張るからね。天国で見守っていてね、和真……」