故郷での夏休み｜リアクション

故郷での夏休み

●気になる存在はいるけれど……

　夏休みに実家に帰ってくることになった望月神無だったが、帰ってきたのは、彼女だけだった。
「おかえりなさい、神無。さっそくだけど、出かけましょう」
「出かける？　どこへ？」
「いいから黙ってついてきなさい」

　帰宅早々、速攻で母に連れていかれたのは高級ブティックだった。
　そこに着くなり、母は様々なデザインのドレスを選び、神無に選ばせる。
「ワインレッドのドレスも捨てがたいけど、このコバルトブルーのドレスもいいと思わない？」
「お母様、帰ってきて早々、娘を着せ替え人形にするのやめてくださいません？」
　普段は男性っぽい口調だが、高級ブディックなので、場を弁え上品な言葉づかいに。
　性別を聞かれない限り女性だと答えないが、中性的な顔立ちなので、性別はどちらにも見える。
　どちらかというと、今日の神無は女性っぽい。
（家にいなかった分、親孝行するしかないよな。それにしても、こういった口調はかったるい……）
　早く帰りたいと思ったが、母が「これ、試着してみて」と一着のドレスを勧めた。
　神無を試着室へ強引に連れ込むと、自分も中に入ろうとする母。
「着替える時は出ていってくれないか」
「わかったわ。早く着替えてね」
　娘のドレス姿が楽しみで仕方がない母は、試着室の前から離れず。
　
　新しいドレスの試着を終え、高そうなネックレスをつけ終えたところで母が話しかけてきた。
「ところで、神無」
「なんだよ、母さん」
「好きな人ができたって聞いたけど、本当？」
「……誰から聞いたんだ？」
「弥生」
　弥生というのは神無の姉だ。
（姉ちゃんのお喋り……まさか、母さんに報告していたとは思ってなかった）
　好きな人がいるのか、と問われれば、好きな人というか、気になる人と言ったほうが正しいのかと考え込んでしまう。
「好きな人がいるのなら、その人に告白とかしないの？」
「気が早すぎんだろ。それに」
「それに、何？」
「……いや、なんでもない」

　正直、この頃、気になっているあの人に距離を置かれているような気がする。
　通っていたお店にあまり来ない。
　だからといって、ペットを飼っていない自分が、あの人が獣医をしている動物病院に行くことなんてことはできない。
　避けられている理由に見当はついているが、断定はできないので、なぜ自分を避けているのか訊ねることができないでいる。

（そろそろ、話を聞きに行ってもいいかもしれないな。理由をはっきりさせたいし）

　考え事をしている娘が気になったのか、母が不思議そうな顔で「どうしたの？」の訊ねたので「何でもない」と誤魔化す。
　自分のこと、母に心配をかけさせたくない。
「そう。何でもないならいいわ。あと、父さんが、あなたのお見合いについて話していたわよ」
「父さんがお見合いを？」
「そう。いつか電話がかかってくるから、覚悟してね」
「へいへい」
「今着ているドレス、とても似合うわ。買っていきましょう」
「買うのはいいが、いつ着るんだ？」
　そう言う神無を無視し、母は店員に「これ、いただくわ」と言ってドレスとネックレスをお買い上げ。

（お見合いねぇ）
　高級ブティックを出るなり、神無は暑さで溶けてしまったチョコレートを一口かじる。

　保護者の承諾があれば結婚できる年齢なので、お見合いの話があってもおかしくはない。
　まだまだ先の話だと思っていたが、帰省するなり、この持ち上がるのは予想外だった。
「さ、次のお店に行くわよ」
「まだ行くのか？」
「もちろん」
　その後も母の買い物にさんざん付き合わされ、ブディックで着せ替え人形にされ続けた神無だった。