ネコミュージックフェスティバルｉｎＳＵＭＭＥＲ！｜リアクション

ネコミュージックフェスティバルｉｎＳＵＭＭＥＲ！

　一日限りで結成された即興オーケストラが、夏空に届けと伸びやかな楽曲を響かせる。
　真っ青な空から降り注ぐ真夏の陽射しを少しでも遮ろうと、綾辻綾花は帽子を深く被り直す。風の絶えた真昼の星ヶ丘駅前、団扇とスポーツドリンク入りの鞄を手に、準備万端、スターステージ付近の人波に飛び込んで、
「あおいちゃん」
　ステージ前の専用座席に腰掛けゆったりと音楽を楽しむ大好きな友達を見つけた。夜色の大きな瞳が思わず笑む。
　襟足で揃えた黒髪を揺らし、人込みの中、栗色の髪を二つに結い上げた七夜あおいの元に足早に近づく。
「綾花ちゃん」
　空色の瞳をちょっと見開いてから、あおいは軽く片手を上げる。
「一緒に鑑賞してもいい？」
「もちろんよ」

　何でも話せる大切な友達の隣、綾花は腰を下ろす。
「あれ、子猫ですか？」
「うん、ミルクちゃんって言うの。ご主人さまがステージの上で演奏している間、預かってるのよ」
　座席に腰掛けたあおいの膝の上、真っ白な子猫が寝惚け眼を瞬かせ、隣に座った綾花を仰ぐ。綾花に頭を撫でられ、満足げに大欠伸する。あおいの太腿を前肢でふみふみしながら、またうつらうつらし始める。
「この子のご主人さまってプロの演奏家さんですか？」
「ううん。即興オーケストラの助っ人なんだって。ステージの向かって左側、バイオリンを弾いてる人よ。八神修君」
　あおいが示すその先、即興オーケストラに混じってバイオリンを弾く、あおいと同じクラスの男子を見つけ、綾花は頷く。
　プロの演奏を生で聴ける貴重な機会を逃すまいと背筋を正し、耳を澄ませる。持っているCDに名前のある人が演奏して居ないか、駅前でもらってきたパンフレットに視線を落として真剣に探す。
「ミュージカルをするのってうちの学生なんですね」
　探している名前よりも先に見つけたのは、クラシック同好会企画の音楽劇の出演者達。
「『真夏の夜の夢』ね。時間の関係もあって演目は第五幕のあたりだけみたいだけど」
　あおいが楽しそうに頷いて、その顔を見た綾花は嬉しくなる。大好きな人が嬉しいと、自分もやっぱり嬉しい。
「本は読んだことあるので内容は知ってます」
　とても楽しみです、と綾花は声を弾ませる。
「あっ」
　綾花が思わず上げた声に、あおいがどうかしたのと首を傾げる。声を上げてしまったことを謝りながら、綾花は鞄からCDを取り出す。寝子島交響楽団が名曲を演奏している、二枚組アルバムの演奏者一覧の中の何人かが、今ステージに立っている。
　この人とこの人、と一覧の中の顔写真をあおいに示して見せる。
「サイン、もらえるかな」
「どうかしら」
「あおいちゃん、お願い！」
　演奏の邪魔にならないよう声を小さく潜め、綾花は両手を合わせる。演奏が終わったらサインをもらいについて来てもらえるよう頼む。
　一人だと緊張してだろうけれど、あおいが居てくれれば、きっと大丈夫だから。
　必死の表情をする綾花に、あおいは明るく笑む。
「修君にミルクちゃんを返してあげないといけないしね」
　任せて、と心強い返事をくれたあおいにお礼がしたくて、演奏が一段落ついた隙、綾花はあおいの手を取る。立ち上がる。
「離さないでね」
　人の多さに心配になって、はぐれないよう手をしっかり繋ぐ。
　確かステージの傍に可愛いオープンカフェがあった。二人でパフェでも食べながら音楽鑑賞の続きをしよう。