ネコミュージックフェスティバルｉｎＳＵＭＭＥＲ！｜リアクション

ネコミュージックフェスティバルｉｎＳＵＭＭＥＲ！

●スターステージ：午後の部

　真夏の陽射しに八神修は瞳を細める。片手に提げたバイオリンケースを持ち直し、星ヶ丘駅前に設けられた小規模ステージへと視線を向ける。
　今は丁度ステージ入れ替えの時間らしく、運営スタッフが忙しげに舞台上を走り回っている。
　スターステージ運営ブースから貰って来たプログラムパンフレットを広げ、眼を走らせた途端、肩にしがみついていた白い子猫が抗議するように小さく鳴いた。
「ごめん、ミルク」
　子猫に笑いながら詫び、修はミルクの頭を撫でる。強い陽射しを遮るようにその小さな体に片手をかざそうとして、
「っと」
　不意にミルクが肩から飛び降りた。スターステージ付近に集まる人々の足元を子猫の気ままな足取りで擦りぬけ、舞台前の専用座席へと駆けて行く。
「ミルク」
　子猫の名を呼びつつ座席の並びへと足を向けて、
「……あおい？」
　人の溢れるその場所で、恋心を抱く少女の姿に自然と視線が引き寄せられた。
　栗色のツインテールを夏風に揺らして、七夜あおいは座席についた足元にじゃれつく子猫を抱き上げようと身を屈めている。
　白い子猫を抱き上げたあおいの空色の瞳が、近づく修を見止めて微笑む。
「修君」
　クラスメイトに向ける笑顔で軽く片手を上げるあおいに、修は明るい笑みを向ける。
「あおい」
　彼女の優しい所が好きだった。一生懸命な所も、素直な所も、ちょっと鈍感な所も、全部。
　気持ちを伝えたことはある。けれど、今の修にとって大切なのは彼女が楽しむ事。彼女と楽しく学生生活を送る事。彼女が助けを必要とした時にすぐに手を貸せるよう、彼女の迷惑にならないように傍に居る事。
　ただの、クラスメイトとして。
（いつか異性として意識してくれたら嬉しいけど……）
　自分の気持ちを隠し、修はあおいの抱く子猫の名を呼ぶ。鳴いて返事をしながらもあおいの膝にしがみつく子猫に困って笑う。
「隣、いいか？」
　空いた席を示して問う。快諾の返事に礼を言い、並んで座る。次の演目が始まるまで、得意な楽器や好きな歌、夏休みの出来事や宿題の具合、二人で色々な会話を弾ませる。
「修君は、宿題終わったの？」
「七月中にね。今は本土の夏期講習に通ったり自宅で勉強したりしてるよ」
「わあ、すごいね」
　好きな子の感嘆の声に、修は思わず照れた。

　もしもあおいの宿題が片付いてなければ一緒に勉強しようか、と提案しかけて、
「それ、バイオリン？　弾けるの？」
　あおいの興味津々な瞳にその提案の言葉を飲み込む。
「バイオリンとピアノは軽く嗜んでる」
　一応バイオリンは持ってきたよ、とケースを見せ、
「助っ人要員として登録だけしてあるんだ」
　言った途端、ポケットでマナーモードにしていた携帯電話が鳴った。出れば、受話器の向こう、即興オーケストラの人員不足を嘆く声。急な呼び出しに快く応じ、修はバイオリンケースを手にする。
「一寸行って来る。ごめん、ミルクを預かっていてもらえるかな？」
「眠っちゃったしね」
　膝の上で眠ってしまった子猫を優しく撫で、あおいはくすくすと笑った。行ってらっしゃい、と見送られ、修はスターステージの舞台裏へ急ぐ。