ネコミュージックフェスティバルｉｎＳＵＭＭＥＲ！｜リアクション

ネコミュージックフェスティバルｉｎＳＵＭＭＥＲ！

　秋ノ宮こまちは入れ替え作業が行われるスターステージを見遣って小さく息をする。良い舞台だった、心からそう思う。
　知人の斑鳩遙から、所属しているクラシック同好会がネコフェスで音楽劇をするから見に来ないかと誘いのメールを貰ったのは暫く前。遙は裏方らしかったが、彼が加わって作り上げる舞台がどのようなものなのか興味があった。一も二もなく、是非行かせて頂きますと返事をした。
　舞台や演技や、舞台演出にも、こまちは目を奪われ耳を奪われた。それに何より、舞台に立つ皆の表情が輝いていたのがとても印象的だった。
　仲間同士で支えあい、互いの技術を磨き合って今日までやってきたのが見ているだけで感じられた。観に来て良かった。
　舞台に残る輝きの欠片を目にしたように、こまちは夜色の瞳を眩しげに細める。
（時任さんの遺した過去が、同好会にもあるのかしら）
　遙は、それを見出すことが出来ているのだろうか。
　寝子島クラシック同好会の名は聞いたことはあったけれど、遙の亡くなった親友の時任が所属していたことを知ったのは、遙からのメールでだった。
　親友の死の謎を追う遙の、どこか他人との間に分厚い氷壁を作り上げているような、深く絶望し続けているような瞳を思い出して、不意に、青空から舞い降りた少し乱暴な夏風に黒髪を乱された。こまちは軽く首を横に振る。
　観客席を立ち上がり、向かったのは舞台裏。
　大道具や小道具が雑然と置かれた舞台裏の出入り口からは、粗方の片付けを終えたらしいクラシック同好会の皆が軽い足取りで出てきている。
　クラシック同好会と言う響きから、もっと年配の人々が集まっているのだろうと思っていたが、同好会の中心となっているのは意外にも若者たちだった。舞台に立っていた高校での顔見知りを見つけ、こまちは彼らの側に寄る。シグレやなぎさ、るるかや望春に一言挨拶し、控えめな笑顔で舞台を褒める。
「お疲れ様でした」
　その人々の輪の中に遙の姿を見止め、こまちは丁寧に頭を下げる。
「観に来てくれてありがとう」
　真夏の太陽に照らされ汗の伝う顔全部をタオルで拭うために眼鏡を外し、遙は物静かに笑む。
「仲間達で一つの何かを作り上げるというのはいいものですね」
　少し羨ましくなりました、と艶やかな黒髪を揺らし、こまちは瞳を細める。
　打ち上げに向かう同好会の皆と別れ、二人は舞台の見える観客席へと移動する。
　舞台の上では、次の演目を務める奏者達が、舞台の央に据えられたピアノを囲み、それぞれの楽器を手に演奏準備を始めている。
「そうだ、何をお飲みになりますか？」
　いつもよりもほんの僅かにはしゃいだ、けれど十六という少女の年齢よりもずっと大人びた態度で遙を仰ぐ。
「素敵な舞台を見せて頂いたお礼に一杯ご馳走させてください」
「いや、それは」
「お疲れでしょうから斑鳩さんは座っていてください、ね？」
　遠慮する遙をやや強引に説き伏せ観客席に座らせて、こまちは近くの出店に急ぐ。飲み物を二人分購入して戻る頃に、舞台から音楽が溢れ出す。
「……ありがとう」
「いいえ」
　戸惑ったように礼を言う遙の手に飲み物のカップを渡し、遙が確保していてくれた遙の隣の席に腰を下ろす。
　真夏の太陽に挑むように奏でられる音楽を、二人で静かに鑑賞する。
「切ない程に激しい曲ですね」
「ベートーベンのピアノソナタ熱情第三楽章、……俺の一番好きな曲だ」
　言葉少なに、二人並んで音楽に聞き入る。