ネコミュージックフェスティバルｉｎＳＵＭＭＥＲ！｜リアクション

ネコミュージックフェスティバルｉｎＳＵＭＭＥＲ！

　夕日の色を仄かに帯び始める夏の太陽に向け、神条誠一は両手を上げて伸びをする。太陽を浴びて明るい茶色になる瞳を眩しげに瞬かせ、舞台入れ替えのために運営スタッフが忙しげに働くスターステージへと視線を向ける。
（羽衣、そろそろ出てるくるかな？）
　終幕した『真夏の夜の夢』の感想でもちきりの観客席を離れ、駅近くの自販機でペットボトル入りのスポーツ飲料を二本買う。
「うお、冷てー……」
　片方を自分の首筋に当てつつ、露店や観客で賑わうステージ前を過ぎ、舞台裏近くまで向かう。関係者以外出入り禁止の立て看板の前に立ち、舞台裏までの道に雑然と置かれた音響機材やケース入りの楽器や大道具を眺める。
「お、出てきた」
　長身を伸び上がらせ、誠一は笑う。舞台の上の華やかな衣装から普段着に着替えたNCCの人々が少し疲れた、けれど充足した顔で舞台裏から青空の下へと出て来る。
　打ち上げにでも向かうのだろう、同じ方向に向かう一団に手を振り、明るい茶色の髪を陽射しに金色に跳ねさせ、鴇波羽衣が満面の笑顔でこちらに駆け寄ってくる。
「誠一くん」
「羽衣」
　羽衣に向けて片手を上げながら、誠一は羽衣の笑顔につられて笑う。関係者立ち入り禁止の看板の脇を擦りぬけ、前に立って仰いで来る羽衣の上気した頬に、
「おつかれさん」
　冷えたスポーツ飲料のペットボトルを当ててやる。
「わっ、ありがと！」
　幼くも見える大きな瞳をますます大きく見開き、くすぐったそうに笑う羽衣を見ていると何故だか照れ臭くなって、誠一は自分の分のスポーツ飲料の蓋を開ける。
　同じ大きさのペットボトルのはずなのに妙に大きく見えるボトルを両手で抱え、羽衣は誠一に倣ってスポーツ飲料に唇を付ける。
「羽衣の音はなんとなくわかった」
　劇中、誠一は以前聴かせてもらったことのある羽衣の音に耳を集中させていた。全体的に聴いてもいいかなと思いながらも、
（何となく、……だよな）
　何となく、羽衣の音をしっかりと聴きたかった。
　行われる劇の話は、何かの漫画で読んだ気がする程度にしか知らなかった。内容も、ほとんど覚えていない。
　それでも、『真夏の夜の夢』を題材にした漫画の主人公が妖精パックだったことは覚えている。
　そのパックを、羽衣が演じていた。
（何だろうな）
　小さな身体で必死に音を出している感じがすごく良く伝わってきた。普段から真面目に練習している、良い音だと言うのは聴けばすぐに分かった。
「俺は好きだよ羽衣の音」
　どこか自信なげな顔をちらりと見せる羽衣のポニーテールの頭を、わしゃわしゃとちょっと乱暴に撫でる。
　大きな掌で撫でられ、羽衣は顔をくしゃくしゃにして笑う。
　誠一が演技を見ていてくれたことが嬉しかった。
　音を聞いていてくれたことがとても嬉しかった。
　胸に込み上げる幸福感に、羽衣は頬にふわり、熱を上らせる。
（頑張った甲斐があったな……！）