ネコミュージックフェスティバルｉｎＳＵＭＭＥＲ！｜リアクション

ネコミュージックフェスティバルｉｎＳＵＭＭＥＲ！

「次は、と」
　運営スタッフ達が舞台入れ替えの設営を行っている間を縫い、小泉和は手にしたデジタルハンディカムの予備バッテリーを素早く入れ替える。
　テレビねここのスポット中継を請け負う傍ら、ねこねこ動画での生放送も行っているため、ステージ傍に設けられた報道スタッフ用スペースに陣取る和の周りは様々な機材に溢れている。
　自身もケーブル類でスパゲッティ状態になりながらも、和は楽しげに次の演目をチェックする。
「寝子島クラシック同好会による『真夏の夜の夢』第五幕第一場、ね」
　

　同級生も多く所属するNCCの演目を世界に向けて放送する為、和は気合を入れてカメラを構える。
「がんばってね、皆」
　人間と妖精が入り乱れて舞う音楽劇の幕が開く。
　スターステージ両端に、それぞれの楽器を手にした楽団が位置する。華やかな舞台衣装が、大切に磨きこまれた楽器が、真夏の光の煌めきを宿す。
　ヴァイオリンの胸に抱き、結城日和は舞台の上で夏の光と観客の熱を浴びる。
（私が奏でた音楽が誰かの心に響きますように）
　祈るようにヴァイオリンを掲げ、弓を構える。
　今日は、音楽をいっぱい浴びよう。そうしてその分、いっぱい吐き出そう。
（素敵な音楽の世界に触れてほしい）
　音楽への憧憬に緊張を掻き消す日和の斜め後、花厳望春はオーボエの吹き口に唇をつける。プロのオーボエ奏者が出す綺麗な音に惹かれて始めたものの、この舞台でいい音が出せるかどうか。
　幼い頃から十年続けたピアノよりも経験が浅く、それを思ってしまえば不安は募るばかりだけれど。

　望春は瞳を巡らせる。周りには頼もしい音を奏でる仲間がいる。周りの音を聞き、落ち着いて演奏すれば、きっとうまくいく。
（頑張ろう）
　緊張に浅くなりがちな息を整える。
（……いや、）
　ふと、笑む。
（楽しまないと……楽しんでこその音楽だよな！）
　望春は迷いの消えた瞳を真直ぐに上げる。
　望春の背筋が凛と伸びるのを、ピアノ席についたサナリアナ・アークロットは青の瞳に映す。つられるように華奢な背筋を正して、鍵盤に視線を落とす。本国である英国にいた頃、独学で学んだだけのピアノの演奏は、
（拙いかもしれない）
　そう思う。けれど、NCCの皆と一緒にたくさん練習をした。より良い舞台にする為にたくさん意見を出し合った。厳しい意見をもらって落ち込むこともあったけれど、それでもそんな自分自身に負けず、たくさんたくさん練習を重ねた。
　今日この日を迎えるまで、一生懸命練習した時間は決して無駄ではない。
　内心の緊張をもう誰にも悟られぬよう、誰にも心配をかけずにすむよう、サナリアナはせめても青い瞳を静かに堂々ともたげる。
　役者としても出演する丹羽紅葉と交代するまで、
（頑張ろう）
　そうして出来れば楽しもう、と胸に決める。
　奏者が全員所定の位置について後、長い黒髪の少女が舞台袖から現れる。

　指揮台の傍に立ち、浅山小淋は拍手をくれる観客に向け、楽団の皆と共にお辞儀する。演奏用衣装の胸元につけたクレマチスの花びらを夏風に震わせ、指揮台に立つ。指揮棒を持つ手元が無意識に震えていることに気付いて、一度だけ、深く呼吸する。
（私は）
　奏者達を見渡せば、ネコフェスに誘ってくれた響也が眼だけで頷いてくれた。
　響也に並んでヴァイオリンを構え、日和がふうわりと笑んでくれた。　小柄な身体に大きなチェロを抱え、セレッソが心強い笑みを見せてくれた。
　トランペットとオーボエを夏の日差しに輝かせ、春哉と望春が気合の入った顔で頷いてくれた。
　皆、居る。
（皆さんの演奏に耳を傾けながら、私は私なりの指揮をするだけです）
　華奢な身に力を満たし、小淋は指揮棒を掲げる。
　始まるは真夏の夜の夢。大団円に終わる物語の、ハッピーエンドのその最中。喜ばしくも賑わしい、三組分もの盛大な結婚式。
　最大の見せ場とばかり、春哉が結婚行進曲のファンファーレを相棒の伊左衛門でもって全力で吹き鳴らす。