魂封じ｜リアクション

魂封じ

●黒い指先

　起こった叫びは、オーバーランした乗用車ごと、暗い海へ投げ出された。
　夫であり父でもある彼には、今どうしてこんなことになっているのか、理解が出来なかった。
　さっきまで後部座席で眠っていた幼い娘も、突然の事態にパニックに陥っている。
　隣でうとうとしていた妻も、我が子をなだめながら、震える指でシートベルトを外そうと必死だ。
　彼はエアバックを押しやり、受けた衝撃で痛む体も省みず、大きく腕を伸ばすと、後部座席のドアロックを外した。
　しかし。水圧は沈み行く車体から、彼らの脱出をかたくなに拒み。
　揺れる無彩色は大量の泡を吐き出しながら、彼らの肺を水と塩で満たし。
　ただ無情に、命を抱き込んだ。

　運命を拒否出来たのは、その身に『神魂』を宿した幼い娘だけ。
　それが彼らの小さな幸運で、不幸の始まり。

　飯田幸からの情報を足がかりに、彼らは問題解決に向けて行動を開始していた。
　一家の飼い犬の首輪に挟まっていた、助けを求めるメッセージ。
　それは端的なものであっただけに、抜き差しならない一家の状況を物語っている。
　机の上に、ノートＰＣを広げ。お茶の入った水筒を傾けながら、旅鴉月詠は一つ息をつく。
　両親を死に追いやった原因が、二週間前の事故にあるらしいことは、メッセージから推測出来るのだが。
　預かった紙切れを指で丁寧に広げ、月詠と同様に一家をこうした状況に追いやった事件を探るべく教室に集まったメンバーを見渡した。
「家庭内で起きたのなら、騒ぎになってないのは仕方ないが。そうでないなら、二週前に謎の事故が起きてないか……まずは調査だな」
「フルネームが書いてあるね。人が二人も亡くなった事故なら、ネットにニュースが残ってるかも？　私、調べてみるよ」
　スマホの画面を母親譲りの涼やかな青い瞳で見下ろしながら、制服のスカートのまま、ぺたんと座り込んだ青物といきには気負った様子はない。
　それでも。口には出さずとも、彼女が好む寝子島とその空気を守ろうとする意思と、自負があり。
　時々、かつんかつんと軽い音を響かせて画面を爪弾く指先は、その明るい表情とは裏腹に、どこか不機嫌そうでもある。
「俺はあの家族に親戚がいないか、調べてみるぜ」
　両親がこの世を旅立てば、孤独になってしまう子供の将来と、両親の心の安寧を考え、さとみを保護してくれる親戚がいないかと奈良橋博美も検索を開始する。
「ありがとう、手分けして探そう。奈良橋が親戚筋、青物が名前、そして旅鴉は時期だね。それじゃあ僕は……寝子島で起こった事件に絞って、検索してみる。旅鴉も言う様に、ご両親の死亡は世間には知られてないかもしれないけれど、手分けして探せばあの家族に関する、ヒントが何か見つかるかもしれない」
　逆巻天野も仲間に声を掛けながら、法衣の袖をまくった。
　平時は好き嫌いのはっきりした難物のように見られ勝ちな彼であるが、こうした大事には率先して個性豊かな面々の間に立って、見事な仲介役をこなしてみせる。
「ねこったー、ニャースブック。何でもいい、引っかかってくれるといいんだが」
　月詠も画面に表れる情報に、神経を集中した。

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