●亡者の棲む家
もう春だというのに。
あの家のエアコン室外機は、うなりをあげたままだ。
それだけじゃない。雨戸だってこの二週間ばかり、開けているのを見たことがない。
家の中は、どんなに暗いことだろう。
エアコンを切り忘れて、外出したわけじゃない。
だからこそ、ネットスーパー専門の宅配を請け負う彼が、こうして家を訪ねたのだから。
一体、どんな気持ちで、あんな家の中で過ごしているのやら。
思い返して身震いした。
大量の包帯と、消毒液。同じく大量の消臭剤。
それに加えて、使い捨ての手袋と、いくばくかの食料品。
お客様のプライベートな事情に、踏み込むつもりはないが。この注文内容には、おや?と思う。
しかも注文の品を届けに行っても、家の者はなかなか出てこない。
ようやく出てきた、と思ったら。一家の主婦と思しきその人物。
家の中だというのに、頭にしっかりとスカーフを巻いていて、目にはサングラス。
肌の露出を避けるように、長いスカートの下からは、レギンスを穿きこんでいる。
確かに、寒いのかもしれない。
つけっぱなしのエアコンのせいなのだろう。家の中はやけに冷え込み、細く開けた玄関扉の隙間からは冷気が漂ってくる。
そんなに寒いのなら、エアコンを止めればいいじゃないか……。
本当に、薄気味悪い家だ。
そう思いながらも、これも仕事。愛想笑いを浮かべながら、オリコンに入った荷物を渡した時。
ぞっとした。
一瞬。触れてしまった手が、恐ろしく冷たい。
まるで。そう、まるで死んでいるかのように。
挨拶もそこそこに、背を向けて。転がるように坂を下り、来た道を引き返す。
怖い、気持ち悪い、気持ち悪い、恐ろしい!
混乱した頭とこみ上げてくる吐き気を抑えながら、車を駐車した場所まで、一気に駆け下りる途中、みすぼらしい犬に先導された少女とすれ違った。
「君! あの家に行くのかい!?」
「はい」
足を止めた少女は、まっすぐに青年を見返す。どうやら生きているようだ。
胸を撫で下ろしながら、青年は忠告した「あの家に行くのは、やめた方がいい」と。
「力を借りたいの」
少女――
飯田 幸は、何かを堪える様な表情で。その意味をかみ締めるように言葉を紡ぐ。
腕には、痩せて毛もぼそぼそになった座敷犬が抱えられている。
「この子の首輪に、メッセージが挟まってた」
広げられた紙切れ。
走り書きだが、書いたのは女性だろうか。きれいな字だ。
「この子の飼い主の夫婦は、事故で死んでなお、魂が肉体に留り続けている。けれど、肉体の維持には限界がある。体が腐り始めているの。奥さんは子供の将来を案じて、このメッセージの意味がわかる誰かに、助けを求めた……娘を救って欲しいと」
救う……と言われても、どうすればいいだろう?
幸は無意識に犬を撫でながら続ける。
「状況を整理して考えれば、多分、生きている子供がもれいび。両親の魂が肉体に留まっているのは、子供のろっこんの影響だと思う。だから――」
幼い娘に、ろっこん発動をやめさせれば、両親の魂は解放される。
「死んだ人間が、歩き回るなんて明らかにフツウじゃない。かわいそうだけど、亡くなった両親の魂を肉体から解放する必要がある……でも」
せわしなく犬を撫でていた指が、止まる。
「一家のご主人は、このまま一家が共に暮らしていくことを、望んでいるみたい。そんなこと、出来っこないのにね。……焦りから精神が不安定なのか、家族以外の者に対しては、攻撃的。行けば、襲ってくるかもしれない」
「皆の力を借りたい、けれど――」
そこで一旦、言葉を区切る。
いつも以上に、言葉を選別しながら
「きつかったら、無理はしないで……」
幸は、そう、吐き出した。
メシータです。
今回は非常に重いお話です、皆さんの行動いかんによっては、かなり後味の悪い話となることが予想されますので、苦手な方は参加をお控えください。
決断はご自身で。選択を他人任せにした場合、最悪の結果も出るかもしれません。
ガイドに書かれた情報を、もれいびであるPCさんは幸から聞いて、全て知っているものとして扱います。
NPCの家族に対して説得を試みる場合、セリフを必ずお書きください。
●場所
一家は、九夜山の麓(J-3あたり)に住んでいます。
隣近所からは離れており、少々騒いでも気づかれることはないでしょう。
家族との接触時間や方法は、皆さんが決めて自由に選ぶ事が出来ます。
都合の良い時間帯(昼・夜・深夜など)、条件を選んでお書きください。
家の中は、廊下からすぐ行ける所に、キッチンとひと繋がりになったリビング。昼間は家族は、皆そこにいます。
夜間は遅い時間帯であれば、子供は二階の子供部屋で寝ています。
全ての窓に雨戸が閉められており、内側から鍵が掛かっています。
戸外はゆるやかな傾斜がある、広い道となっております。
寂しい場所なので、ほとんど利用する人はいません。
天候は晴れ、猫の爪のような細い月が出ています。
●登場NPC
・父親(賢/マサル)
このまま、家族が一緒に暮らすことを望んでいる。
人目を避けるために、家に引きこもっていたが、日を負うごとに社会や、生きている者への憎悪を募らせつつあり、危険な状態にある。
ネットなど外部への連絡手段は彼が掌握しています。
・母親(茜/アカネ)
生き残った子供の将来を案じ、夫の隙を見てメッセージをつけた犬を逃がし、周囲に助けを求める。
幼い娘の将来を案じている。
・子供(さとみ)
ママが作ってくれた、クマのぬいぐるみをいつも抱きしめている。
6歳の女の子。もれいび。
ただずっとパパやママと、一緒に暮らしていきたいと望んでいる。
ろっこん『魂封じ』の力で、両親の魂を死した体に縛っている。
・飯田 幸(はんだ・ゆき)
もれいびです。
簡単なことであれば、彼女にも何かさせる事が出来ます。指示がありましたら、お書きください。
以上、よろしければご参加くださいませ。