ミエコ、再び｜リアクション

ミエコ、再び

「後木！　大丈夫か！？」
　叫んだ瞬間、御剣刀の頭の中で、ガチン！　と撃鉄の落ちる音が響いた。
　刀のろっこん【加速】は、自らの心身の処理速度を引き上げる能力だ。
　力が発動した途端、時の流れはコマ送りに変わる。
　相対的にゆっくり流れる景色の中を、刀は走った。
　人間では決して到達することのない領域に、到達する事を、刀はずっと恐れていた。
　だがそれもやめた。
　速度の限界に挑む。

　だが反面、【加速】はコントロールに難があった。
　自分でも制御しきれない程、刀は速過ぎる。
　ミエコを巨大化させるトリガー、ヘアゴムを取ろうと手を伸ばすが――。

　つるり、と指がヘアゴムの玉の表面を掠める。

「へ！？」
　ただでさえツルツルで、取っ掛かりのない玉は、この上なく良く滑った。
　持続力の低い刀の能力では、すぐに限界が訪れてしまう。
「くそ、もう一回だ！」
　身を翻し、再度頭の中で撃鉄を落とす。
　つるり。
「なんのっ！」
　つるり。
「こなくそっ！！」
　つるり。
　勢い余って、つんのめる。
　バランスを崩して、わたわたした一瞬の隙を、ミエコは見逃さない。
「甘い、見えるぜ！！」
　刀の視覚は、ミエコが振り下ろす肉球の動きを捉えた。
　紙一重で避けようと思った、はずが
「御剣君、危ない……！」
　成り行きを見守っていた、恵御納夏朝が声をあげ――。

「ぶほっ！？」

「ミェ？」

　やっぱり、動くのが早すぎた。
　むぎゅう。
　刀の顔面は、ミエコの肉球の間に挟まった。

「めりこんでる……、ちょっとうらやましいな……」
　夏朝は人差し指を唇に当て、ものほしそうに見つめている。
　もっとも、当の本人は「さすがはラッキースケベの殿堂、刀ちゃんなのだ！」という真央のはしゃいだ声に、「スケベ違うし！」と切り返す余裕すらなかった。

（ヤバい、何も見えない……！？）

　とは言え、この感触……堪らねぇ……。
　うっとり夢見心地の刀の視界から、突然、肉球が消えた。
　と、思ったら再び襲われた。

「しまった……！」
　本能が危険を告げる。
　避けなければ、やられる。
　だが、ぷにっとした感触が、忘れがたく……刀は攻撃を受けるに甘んじた。

　１ＨＩＴ
　２ＨＩＴ
　３ＨＩＴ
　４ＨＩＴ
　５ＨＩＴ
　６ＨＩＴ
　７ＨＩＴ
　８ＨＩＴ――！！

ぷにぷにを味わい尽くした刀の体は、宙を舞っていた。
「ぐへっ！？」
　目の前が真っ赤に染り、星が飛び散る。
「いってえぇ～っ！！　……あれ？」
　目の前に広がるのは、極彩色の世界。
　横たわるのは、広大な川原。
　あちらで見覚えのある人物が、刀を凝視していた。
　亡くなった祖父だった。

　言葉もなく見つめる刀に、祖父は悲しそうに呟いた。
「刀よ、死んでしまうとは情けない……」

「うわあぁっ！！？」
　刀は起き上がった。
　彼は戻ってきた、普通じゃない日常に。
「バッカ野郎！　もれいびじゃなかったら死んでただろうが！」
　危うく、三途の川を渡るところだった。アホなやられ方をした自分へ、セルフ突っ込み。
　そんな刀の眼前に、大きな口が迫り……頭から、ばっくりいかれた。
「ぬわー！？　だから、見えないし生臭いってば！　いてっ、痛い！」
「あ～あ、大変だー」
　信彦は座り込み、助けに入らなかった。
　レディ達のために戦い続けてたから、疲れているんだよね？
　嬲られてるのが、男だからじゃないよね？