ねこ……。｜リアクション

ねこ……。

「うん、流石にもう無理だの」
　桜花寮の自室で、猫の縫いぐるみを抱きしめながら、動画や画像を漁っていた黒兎都は、おもむろに立ち上がった。
　雰囲気がなんかいつもと違う。具体的に言うと、決意に満ちていた。
　伸びた前髪の間からのぞく赤い瞳は、尋常ではない光を放っている。

　決して動画に不満があったわけではない。

　仔猫がミルク飲みながら、船漕いじゃう動画とか。
　猫溜まりの、あっちゃこっちゃから体の一部が垣間見え、もう内部がどうなってて、何匹いるかも判然としない３色モフモフ画像とか。
　見るからに自分より小さいダンボールに、無理やり体を捻じ込んで、得意げな猫とか。
　土鍋に入って寝ている猫なんかも、鍋と密着した部分の毛と肉が、どんな状態になっているか妄想するだけで、どんぶり３杯はイケそうな気配。

　至福の時であったと言えよう。
　だが今日の都は、貪欲だった。

「もっと、もっとだ！　もうヌイグルミとか、動画とか画像だけでどうにかなるレベル超えたわ！！」
　体裁を保つための都の人類としての戦いは、１行目で呆気なく欲望の前に白旗を揚げていた。
　トレードマークの黒パーカーを羽織ると、都は廊下へ飛び出した。

　そんな都に併走する影、ひとつ。
　下級生の恵御納夏朝であった。
「猫さん……猫さん……猫さん……！　はぁはぁ！！」
　こちらも普段のぽわ～んとした夏朝ではなかった。
　無類の猫好きなのは変わらないが、何と言うかこう、勢いが違う。

　都と夏朝。
　絡み合う瞳と瞳。
　背筋に伝わる感覚が告げる、彼女は『同類』だと。
　謎電波に導かれるまま、互いに心情を吐露しあう。

「もういい加減我慢の限界だし！」
「猫さん……猫さん撫でたい……もふりたい……！」
「リアルって大事、リアル感触大事！」
　食堂で顔を合わせても、面倒くさそうにしているだけの先輩・都の断言に、夏朝は腕に装着した猫パペットに涙を落とした。
　夏朝の大切なお友達、猫パペットのハル君。
　どんな時も夏朝の一番傍にいて、勇気をくれた。

　でも――！

「ハル君に、もふってしても収まらない……だめだ、抑えられない……どうして……？　……も、もう我慢できない……猫さぁぁん！！」
「リアルぬこ愛でたい！！　モフりたい！！！！！　喉なでてゴロゴロさせたい！！！！！！」
　猫を求めて、二人はひた走る。

「こら、廊下は走っちゃ……ひゃわーっ！」
　すれ違った桜花寮管理スタッフのマサエさん（４７歳）の目を回させても、勢いは止まらない。

「視覚、聴覚はごまかせても、嗅覚、触覚も満たせなきゃ意味ないですし！」
　ちなみに味覚はないと、都はいう。
「食べちゃいたいくらい可愛いって言うけど、まじで食うわけがないでしょう」
「食べたら、猫さんなくなっちゃう……そんなの、耐えられない……！　でも……」
　黒パーカーの先輩に、夏朝はまどろむように微笑む。
「ぺろぺろなら……してみたいかも」
「ぺ、ぺろぺろ……となっ！！？」
　ごくり。驚愕して思わず聞き返す都に、夏朝はほんのり頬を染めて。
　高揚を胸に、外へと繰り出すのであった。

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