あつくてあつくて｜リアクション

あつくてあつくて

◆
暑いからといって修行をサボる、なんて奈良橋博美にとっては論外だ。
武道を志すものとして、決まった修行は全力を尽くして行ってこそ、だ。
まずはきっちりと道着に着替える。修行をするならこれに限る。
せっかくやるからには、形から入らなければ。
着替えが済んだら、始めは下半身を鍛えるところから。
しっかりとした土台がなければ、どんな技を使ってもろくな威力は出せない。
そうでなくとも足腰というのは、身体を支える大事な部分である。
猫鳴館の周りをぐるっと走りこんだり、うさぎ跳びをしたり。
「ふーっ……流石にこの暑さの中だと、汗の寮もすごいことになるな」
前時代であれば、水分摂取せずにそれこそぶっ倒れるまでやりかねないが、博美はそんなことはしない。
修行は強くなるために行うものだ。むやみに身体を痛めつければいいというものではない。
科学的なことも、ちゃんと視野に入れるべきだ。
なので、水分補給はちゃんとする。
時々、
「はーっ、冷たい！」
水分補給するのと一緒に、服を着たまま水をかぶる。
「やっぱりこのくらいはやらないとな」
ぶるぶると頭を振って、髪についた水をはらう。
熱を持った身体をクールダウンするには、これくらいは必要だ。汗でべたべたするのもすっきりするし。
それに、この暑さならこんなことしても風邪をひく心配はないし。
走りこみとうさぎ跳びが一通り終わったら、今度はストレッチ。
筋肉を鍛えるのも大事だが、関節部の動きもよくしておかないと。
体を捻ったりする動きの時、変に痛めたりしてはよくない。
それらが全て終わったら、いよいよ技の訓練だ。
しっかりと土台を作った身体で行うからこそ、技を鍛える意味がある。

そんな風に修行を続けていると、
「やあ、奈良橋さんこの暑い中元気だねぇ」
なんだかぐったりした様子で出てきた、伸幸と出くわした。
「修行だよ、修行。暑い中行うことで、体や技だけじゃなくて心も一緒に鍛えるのさ」
爽やかに笑って言う博美に、
「ぬー、俺にはとてもじゃないけど無理そうなのよー。すごいねぇ」
ふにゃん、と暑さに溶けかかかったような笑みを返した。
「俺は図書館行ってくるけどー、奈良橋さん熱中症とかには気をつけるのよー」
「大丈夫、ちゃんと水分は取ってるからな」
ひらひらと手を振って去っていく彼の背中にそう返し、博美は修行に戻るのだった。

◆
しばらくぶりの日本の夏は、とてもじめじめしていた。
無遠慮に照りつける太陽の下、流れる汗を拭いながら歩いていた諸星譲は、
「え……」
角を曲がった先で懐かしい人影と出くわした。
「……紫蓮ちゃん？」

詠坂紫蓮は、数年ぶりに出会った母の従兄弟に微笑みかけた。
「あれ、譲にいさん……日本に帰ってきてたんだ。久しぶり」
「何年ぶりだろう？　寝子島、来てたんだ」
譲は実家が寝子島の旧市街だが、紫蓮は島外。譲が驚くのも、当然と言えば当然だ。
「うん、高校が寝子高になったから」
「寝子高って言ったら、俺の後輩だね。俺も暫くはこの島いるつもりだし、これからはいつでも会えるね」
それにしても、と譲は言葉を続けた。不躾にならない程度に紫蓮の顔を見つめ、
「こんなに美人さんになっちゃって！」
前会ったときはこんなに小さかったのに、と適当な高さに手を掲げた。
「そんなに小さくなかったわよ」
くすくすと、紫蓮は笑みをこぼす。
そこで譲はふと、喫茶店でお茶でもどうかと提案した。
「せっかくだし、俺が奢るよ」
「ふふ、喜んで。立ち話もなんだし、今日は暑いしね」
炎天下に立ち話で済ませるには、ちょっと思い出話は多すぎる。