あつくてあつくて｜リアクション

あつくてあつくて

◆
夏休みの図書室に、御巫時子はやって来ていた。
五十嵐尚輝先生に会いに来て、お弁当を渡して。それから時間があったから、ちょっと調べ物をしに。
調べたいのは、ラボアジエという人の事。
以前学校で思い出の新聞を作った時に聞いた――尚暉先生が、『目指したい人物』として心に決めている人。
時子にとっては聞いたこともなかった名前だったけれど、先生にしては珍しく、少し言葉に熱を籠めて語った人。
夏休みだからか、いつにもまして静かな図書室の中を歩く。
生物の本の棚が、ふと目に留まる。ここに来ると、いつもつい見てしまう鳥さんの写真集がそこにはある。
でも、今日はそれはお預け。
そのまま通りすぎて、化学の本が置かれた棚の前へと向かう。
「ええと……」
背表紙を指さし眺め、書かれていそうな本を探す。
化学史の人物事典、生涯についてしるされた伝記らしき本、等など。
それらを抱えて、なるべく人の来ない隅の方の席に座る。
調べ物中だけれども、鳥さんとお話もしたいから。隅の方で小声なら、きっとうるさくならないはずだ。
ろっこんを発動し、
「どんな方なんでしょうね……？」
鳥さんに話しかけつつ、本を開いた。

ラボアジエ、とは。
多くの業績を残し、『近代科学の父』とも呼ばれているフランスの科学者だ。

自然、難しい内容が多くなる。彼の生きた時代の背景がそれに輪をかけてくる。
だから、それに目を通す時子の表情も真剣なものになる。まして、覚えようと読んでいるから尚の事。
パリで生まれ、最期は革命で処刑されるまでが書かれていた本を読んでいて、ふと鳥さんの方を見やり、
「難しいですね……」
とちょっと疲れた顔で息をついた。
「質量保存の法則を発見された方、なんですね……」
確か、尚暉先生も『有名どころ』として挙げていたっけ。
尚暉先生と言えば――お弁当を渡してから、どれくらい経ったのだろう。
おもむろに時計を確認すると、図書室へ来てから既に３時間以上が経っていた。
それだけの間真剣に読んでいたなら、疲れるのも納得だ。
ずっと付き合ってくれていた鳥さんも、おつかれだろうか？
「一緒に木陰でお昼寝しましょうか……」
問いかけると、嬉しそうな返事が返ってきた。
本を返却台に置きながら、時子は鳥さんに微笑みかける。
「お弁当箱を取りに行ったら、中庭へ行きましょう……」
扉を開け、楽しそうに図書館を後にした。

◆
猫鳴館の自室にて、真辺伸幸はあまりの暑さに完全に溶けていた。
「暑いねえ……」
うつろな目で、ここではないどこか遠くを見つめ始める。
夏だから、そりゃ暑いのは当たり前ではあるんだけど。それを差し引いても暑すぎる。
少し遠くからは、ジーワジーワと鳴く蝉の声も聞こえるし。それこそじわじわと暑さが増していく。
ふと思い出すのは、ついこの間ねーさんに猫鳴館の暑さについて話していた時のこと。
「聞いてるこっちの方が暑苦しい！」「こんな時期に毛布使ってるとか干からびる気か」
とぶった切られたのである。
その時に夏場の毛布代わりとして持たされた、タオルケットを敷いた上でぐったり。ぐんにゃり。
ちなみに毛布は没収された。
「うなー……」
タオルケットのうえで、ごろりと一回転。
「俺、今なら溶けたアイスとかレンジでチンしたお餅の気分が分かる気がするねぇ……」
暑さで溶けそうっていうか溶けてる今なら、彼らとも分かり合える気がする。
涼を求めて、何度かごろんごろんと床を転がる。
しかし、当然ながらそんなの一向に訪れるはずもなくて、さらにぐったり。
動けば動くほど体力が奪われるというか、なんというか。
ふと目に入ったのは、文机の上に広がったままのやりかけの宿題。
暑すぎて手を動かす気が失せてしまってからというものの、それっきりだ。
いやまあ、こんな暑さの中で頭動かすなんて無理だって。
「やあ、図書館にでも行こうかねぇ……」
この暑さの中移動する、というのはもう想像だけですっごく気持ちがダウンしてしまう。
けれど、このままごろんごろんしててもただ暑いだけだし。
溶けきった腕をついて、必死の思いでまずは起きる。
「やあ、とりあえずー……」
出かけるにしても、この汗をどうにかしないといけない。べったべただし。
ぐぐっ、と伸びを一つして。
「お水浴びて、お着替えーなのよー……」
よいしょっと立ち上がった。
何だかもういっそのこと、ホースで頭から水を浴びたい気分だ。
思わず、へにゃりとした笑いが漏れた。

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