山でレンジャー！｜リアクション

山でレンジャー！

　横からの海風を突っ切って佐々藤寿は自転車のペダルを踏み込んだ。白いＴシャツは汗で張り付いて厚い胸板を誇示した。羽織った紺色のジャージは千切れんばかりにはためく。
「いい運動になるじゃねぇか」
　平坦な道を藤寿は立ち漕ぎで挑んだ。オールバックの髪が、いつも以上の赤さに見えた。
「もっとだ」
　渾身の力で車輪を回した。車体が左右に振れ始めた。逞しい二の腕がハンドルを強く握り締め、暴れ馬を見事に乗りこなした。
　短い呼気の中、徐々に自転車の速度を落としていく。熱い呼吸を吐いて藤寿は路上で止まった。
「なんだ、あれは？」
　横目が九夜山の裾野を捉えた。横に棚引くピンクの霧のようなものが広い範囲で見て取れた。
「……山火事ではないよな」
　口にして表情が険しくなった。見当を付けた辺りを注視する。鬱蒼とした木々に覆われ、目に留まるようなものは確認できなかった。
「見えないか」
　仕方ない、と藤寿は自転車を山の方向に走らせた。最短の道の先は行き止まりになっていて、角度のある山肌が侵入者を拒んだ。
「ここまでくればいいか」
　眼前に迫る岩を無視して藤寿は自転車を飛ばした。
　数秒で訪れると思われた凄惨な未来は回避された。飛べ、という胸中の声で藤寿は自転車に乗った状態で宙に浮いた。ろっこんの発動によって空中の見えない道を、ひた走った。

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